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05.おいしい焼きイモの食べ方
「お帰りなさい!」
草を踏みしめる音に、ミルクは背後を振り返った。
戻ってきたばかりのダークチョコは集めてきた薪や水を置くと、そのままミルクの向かい側に座り込んで、二人の間にある焚き火を見下ろす。焚き火といっても、燃え上がる炎はない。静かに燃える火を、さらに掻き集めた落ち葉で蓋をしてある。落ち葉の山を見つめたまま、ダークチョコが口を開いた。
「焼きイモか?」
「はい!」
まだ食べ頃とはいかないが、すでに辺りには甘い匂いが充満している。漂う香りに待ちきれないといったように、ぐうっと鳴ったのはミルクの腹だ。
「イモなんて、いつの間に買ったんだ」
「今朝です! 買い出しに行った時にちょうど見かけて、おいしそうだったので、つい」
町を出る直前に寄った市場には、昨日の夕方には見なかった野菜や果実がたくさんあった。色とりどりのそれらの中から、旅にも持っていけそうなものをいくつか選んで購入しておいた。そのひとつがこれだ。
「紅イモから教わったから、僕も結構焼くのうまいんですよ? まあ、彼ほどではないですけどね」
枯葉の下でくすぶる火を見ているうちに脳裏に過ぎった人物に、ミルクは微笑む。彼と二人で旅をしていた頃はよく食べたものだから、この匂いを嗅ぐだけで懐かしくなってしまう。彼の旅も順調に進んでいるだろうか?
「そういえば、あいつもイモだけは丁重に扱っていたな」
笑いを含んだ声でダークチョコが言う。彼もクッキー王国で暮らしている間に、紅イモの作った焼きイモを食べる機会が何度かあったから、その時のことを思い返しているのだろう。ぶつくさと文句を言いながらも、いつも分けてくれたのが懐かしい。
すぐに怒った素振りを見せる友の姿を思い出していると、赤い目がこちらを向いた。
「それにしても、あいつが素直にコツを教えてくれるとは。意外だな」
「ははっ、確かに紅イモは頑固なところがありますからね。でも誠実に頼み続けた結果、特別に教えてもらうことが出来たんです!」
「…………なるほど」
無言のままミルクの顔をたっぷりと見つめたあと、ダークチョコは何故か妙に納得した様子で大きく頷く。その視線に首を傾げていたミルクだったが、何だかんだ言いながらも紅イモは人がいいことに、ダークチョコも思い当たったのだろうと納得した。
それから、ハッとなって焚き火に目を戻す。きっと、そろそろだ。
傍らに置いていた丈夫な木の枝を使って、枯葉を漁っていく。そのうちにころころと、小ぶりのイモが顔を出した。一本、二本、三本。もう少し枯葉を掻きまわして、さらに二本を見つけ出す。
皮がところどころ焦げついて見える。枝でつっついて確かめてみれば、中の方もやわらかくなっているようだった。皮の色に注意しながら取り分ける。
「熱いので気を付けてくださいね」
あらかじめ用意しておいた紙を巻いてダークチョコに差し出すと、彼は礼を言いながら受け取った。ミルクもさっそく食べたいところではあったが、先に火を起こし直すことにした。そろそろ日没だ。この弱々しい火では心許ない。
「甘いな」
先に食べ始めたダークチョコが呟く。それは良かった、と口を動かしながら、ミルクは焼きイモを割ろうと手に力を込める。指先が熱い。割れたイモからは湯気がのぼってくる。甘い匂いもさらに増した気がした。
ふうふうと冷ますように息を吹きかけてから、小さく割れた方にかじりつく。
「熱っ!」
思わず声が出る。だが熱いだけではなかった。黄金のような色のそれは、甘く、しっとりとしている。皮の方はパリッと焼けていて食べやすい。
ついつい夢中になり、あっという間に一本食べきってしまった。だけどとてもおいしかったのだから、仕方がない。火が通りやすいだろうと小ぶりのものを選んだことを、少し後悔してしまう。
やはり先に食べ終えていたダークチョコと目で笑い合い、二本目に手を伸ばす。少し冷め始めていて、先ほどよりは熱くないそれを手渡すと、ダークチョコが僅かに首を傾ける。
「さっきとは別の種類か?」
「ええ!」
皮の色が違うことに気付いたらしい彼に、ミルクは自分の分を割ってみせる。すると現れた中の色は紫。同じように手元のイモを割ったダークチョコは、不思議そうな顔をしている。意外だったのかもしれない。
「紫イモってあまり甘くないのが多いらしいんですけど、これは焼きイモにしてもおいしいと紅イモに聞いたことがあって」
「……ん、確かにこれも甘い」
ぱくりとひとくち食べたダークチョコが微笑む。少し幼くも見えるその顔を見た途端に、ミルクは胸の奥が熱くなった気がした。熱々の焼きイモのせいだろうか?
そんなことを考えつつも、紫色の焼きイモを頬張る。さっきのものと比べると甘みは弱く感じたものの、優しい甘さがある。何よりもホクホクとしたその食感が、おいしく感じた。ミルクは黙々と食べ進める。
「ミルク」
呼ばれて顔を上げれば、目の前にあったのは水が入ったコップ。ぱちぱちと目を瞬いていると、差し出してきたダークチョコが呆れたような顔になって続ける。
「少しがっつきすぎだろう。水分もしっかりとっておけ」
「え、あっ! そうですね、ありがとうございます!」
慌てて受け取った水を、ごくごくと喉に流し込む。焚き火の前だから赤面していてもそれほど目立たないだろうが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
そんなミルクの気持ちもつゆ知らず、ダークチョコはしみじみと呟く。
「お前は時々、大きな子どものようになるな」
「ダ、ダークチョコ様だって、さっき……!」
「さっき?」
訝しげな視線を向けてきたダークチョコだったが、ミルクが黙ってしまったのを見て首を捻ると、再び焼きイモを口に含んだ。そうして満足そうな顔で小さく頷く。
その顔はやはり朗らかで、ミルクもまた笑顔になった。そうやって、ずっと笑っていてほしい。
ダークチョコが食べ終えるのを待ってから、ミルクは最後の一本を手に取った。大分冷めてきているそれを手で割ると、今にも蜜が溢れ出しそうになる。どちらも似たような大きさだったが、心持ち大きな方をダークチョコに差し出す。
「オレはもういいから、お前が」
「半分こしましょう!」
言葉を遮り、さらに焼きイモをダークチョコの目前まで近づける。
「これも別のおイモなんですよ。だから、一緒に食べたいです!」
声高に言えば、ダークチョコは苦笑を浮かべながらも受け取ってくれた。最後の焼きイモを譲ろうとしてくれたようだが、最初からこれも二人で食べるつもりで買ったのだ。だから、一緒に味わいたい。
ミルクはぱくっと焼きイモにかじりつく。とても甘い。ねっとりとした舌触りからして、さっきの二種とはまた違っている。
「おいしいですね!」
笑いかければ、もぐもぐと口を動かしながらもダークチョコが頷く。たったそれだけで、ミルクは焼きイモがより甘く、おいしくなったような気がした。
胸が熱くなるのに、どうやら焼きイモの温度は関係ないらしい。
(by sakae)
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