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03.グッドラック!!
あれ? 建てたばかりのテントからほど近い、でこぼことした道を通りすぎていく大きなそのバイクに、ミルクは首を捻る。
見通しこそいいものの、辺りに広がっているのは荒野だ。ろくに整備されていない道を疾走するのは危険だろう。だがそれよりも、ミルクが気になったのは別のことだ。しかしバイクはすでに走り去ってしまい、もはや確かめようがない。テントの方を振り返ってみると、夕飯の準備に取りかかっていたダークチョコも、不思議そうな顔でバイクが消えていった方向を眺めている。その様子からして、彼も確信がないようだった。
しかし、答えの方からやってくることもあるらしい。大きなエンジン音を轟かせながら逆走してきたバイクを見て、ミルクは今度こそ大きく手を振った。前方からその姿を見れば確信を持てた。あのバイクも、その持ち主も知っている。
「キウイくん! 久しぶりですねー!」
「やっぱりあんた達だったか! 一瞬、見間違えたのかと思ったよ」
すぐ近くの岩陰に停車したバイクから降りてきた男が、着けていたゴーグルをぐいっと額まで引き上げる。すると現れたのは、やはり見知った顔。こちらへ向かってくるキウイに、ミルクは驚きと感動が混ざった眼差しを向ける。
「こんな場所までバイクでやってきたんですか?!」
石ころや砂利が多く平坦でない道は、歩くのもしんどいというのに。側までやってきたキウイは、ミルクの視線に照れたようにそばかすが目立つ鼻の頭を掻きながらも、口の端を持ち上げる。
「このくらいどうってことないさ。……それより、オレもここで休んでいってもいいかな?」
「もちろん! ——いいですよね?」
振り返ったミルクが声を掛ければ、顔を上げたダークチョコは大きく頷いてキウイの方を見遣った。ちょうどその方向に沈もうとする夕陽があるので、彼は眩しそうに目を細める。
「特別なもてなしは出来そうにないがな」
「そりゃあお構いなく!」
言いながらキウイは一旦バイクの方へ戻ると、荷物を下ろし始めた。ミルクが手伝おうとする間もなく、彼は慣れた手つきで今夜の寝床の準備を着々と進めていく。
やがて空が本格的に暗くなり始めた頃、ミルク達はひとつの焚き火を囲んでいた。キウイの大切なバイクも、彼のテントに隣接して停め直してある。
「それにしても。こんな何もない場所で、知り合いとばったり出くわすとは思わなかったぜ」
雑炊をひとくち食べたキウイが、改めてミルク達の顔を見回してくる。確かに、とミルクも口の中にあったものを飲み込んでしまうと、彼をまっすぐ見返した。
「ダイナサワーから聞いてはいましたが、本当にどこでもバイクなんですねー!」
「そりゃそうさ! バイクひとつさえあれば、オレはどこにだって行けるんだ」
不敵に笑ったキウイがバイクを振り返る。愛機を見つめる瞳は優しく、そして勇ましい。前に仲間から聞いた話によれば、あの竜の渓谷でさえバイクで走り抜けてしまったというのだから驚きだ。
クッキー王国には定住していないものの世界中を旅して回っているからか、王国でもキウイのことを見知っているものは多い。あまり積極的に他者と関わろうとはしない一匹狼なところもあるが、決して無愛想なわけではなかった。時には暗黒魔女達との戦いにも、力を貸してくれたことだってある。
そんな彼と顔を合わせるのは実に久しぶりのことで、それぞれの旅の話で盛り上がった。基本的には二人の会話を聞いていたダークチョコも、ミルクの話が脱線しかけた時にはさっと口を挟み、しっかりと軌道を修正してくれた。
「相変わらず、すぐにダークチョコの話になるんだな」
呆れた様子のキウイに、ミルクはえへへと照れ笑いを返す。クッキー王国にいた頃も、よく同じ指摘をされたものだ。
「そういえば、まだクッキー王国には顔を出しているのか?」
ちょうどダークチョコの口から、懐かしい王国の名前が飛び出した。そのことが少し意外に感じたのか、キウイは髪の色と同じ黄緑色の目をぱちくりとさせながら、ダークチョコを見る。それから僅かに間を空けて、口を開いた。
「ああ。ついひと月前に、久しぶりに寄ったばかりさ」
ひと月前なら、自分達が旅に出て二ヶ月が経った頃だ。そう考えながら、ミルクはキウイの話に耳を傾ける。
とっくに空になっている深皿をスプーンでつつきながら、キウイは続けた。
「あんたらが旅に出たってことも、その時に聞いたんだ」
「……そうか」
静かに応えたダークチョコは、伏せ目がちに焚き火を見つめる。
きっとキウイは聞いたのだ。ミルク達が旅立った理由も。今日わざわざ彼が引き返してきてくれたのも、だからなのだろう。
僅かに流れた沈黙を破ったのは、キウイだった。焚き火に薪をくべながら彼は微笑む。穏やかな色の目には、燃える火が映り込んでいる。
「この瞳にこの世の中を焼きつけたい――それが今のオレの夢だ。くだらねえ夢だって言うやつもいるけどな。……だからまあ、あんた達が選んだ道はいい道だって、オレは思うよ」
「そうか。……お前もいい夢を持っているな」
視線を持ち上げたダークチョコの顔にも、笑みが浮かんでいた。それを見てこっそりと息をついたミルクは、キウイが見た王国の様子を尋ねる。みんなは元気にしているだろうか。
「あの王国はいつ行っても賑やかで楽しいよ。――ああ、そういえば、紅イモも国を出たって聞いたぜ」
「え、紅イモが?」
「うん。何でも『強いやつを探し出してぶっ飛ばす旅』とやらに出たらしい」
「何だそれは」
「ははっ、紅イモったら相変わらずですね〜!」
容易に想像がついてしまい、ミルクは吹き出す。ダークチョコは呆れたように肩を竦めているものの、その表情は明るい。彼はよく紅イモに絡まれていたから、懐かしいのだろう。
彼ら二人が真剣な顔で対峙したのは、クッキー王国を出る少し前のこと。どちらが勝ったのかは、ミルクも知らない。決着がついたあとに戻ってきた彼らの晴ればれとした顔を見たら、勝敗なんて気にならなかったのだ。
「そうそう、オレが一度出発しようとした時に、花屋でトラブルがあって――」
言いながら、キウイがおかしそうに吹き出す。ハーブが新しく仕入れた植物が暴れ始めたという話を始め、彼は自分が見聞きした王国での出来事を、たくさん話してくれた。ミルク達が去ったあとも、みんな変わりなくやっているようだ。彼らの笑顔を浮かべて、ミルクも笑う。たとえ同じ時間を過ごせなくとも、頼もしい仲間であることに変わりはない。
話が一段落つくと、キウイが大きく体を伸ばした。そしてそのままの格好で空を仰いだ彼は、破顔した。
「何もない場所って言ったのは、訂正しなきゃなあ」
その声に顔を上げたダークチョコの表情を見て、ミルクの目頭が熱くなる。慌てて彼らにならって空を見上げれば、今度は感嘆の溜息が漏れ出た。
雲がほとんどない、明るい夜空だった。月こそ出ていないが、澄み渡った空には数えきれないほどの星達が瞬いている。あまりにも美しい光景に、ミルクは言葉を失ってしまう。こんなにも星がひしめき合っているのを見るのは、初めてだ。
もしあの時、ダークチョコが選んだのが別の道だったなら、この星空を共に見上げることはなかっただろう。星ひとつさえ見つけだすことが叶わぬ暗い夜を、今も過ごし続けていたかもしれない。
数多の星を目に映しているダークチョコの瞳は、今、世界で最も輝いているに違いないとミルクは思った。綺麗な夜空を見る。他人からすれば些細であろうその幸せが、もっともっと続きますように――。
そんな願いを胸に、ミルクは輝く夜空に流れる星を探した。
翌朝、先にキウイが発つことになった。ミルク達は徒歩なので一緒に行けないのは仕方がない。それに、彼もまた大切な旅をしている最中なのだ。引き止めるわけにはいかない。
「それじゃあお元気で!」
「ああ、また!」
そう言ってバイクに一度跨ったキウイが、何かを思い出したようにこちらに戻ってくる。ダークチョコの正面で立ち止まった彼は、ゴーグルの下の目を綻ばせながら、すっと右手を前に差し出した。
「良い旅を」
「お前もな」
しっかりと手を握り返したダークチョコも、微笑む。
砂埃を撒き散らかしながら走り出したバイクは、あっという間に見えなくなってしまった。それでも少しだけその方向を見続けていたミルクは、やがてダークチョコと顔を見合わせて、頷き合う。出発の時だ。
「オレ達もそろそろ行くか」
「ええ!」
二人の旅もまだ途中だ。バイクほど速度は出なくとも、これからも前へ前へと進み続けていく。
(by sakae)
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