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02.今までも、これからも
暗黒魔女を打ち倒して以来、その支配下にあったケーキモンスター達は大人しくなった。だが、元より凶暴な気質のものは当然そのかぎりではなく、人里にやってきては暴れ回るものも少なからず存在している。
大きな山のふもとにあるこの小さな村も、そんな被害にあっている真っ只中であった。
村に入ったばかりのミルク達はすぐに状況を察知し、二人はそれぞれ別の方向に走った。ダークチョコは大きな騒ぎが起きている村の中心部へ。そしてそこから逃げてきた子ども達が危険な場所へ行ってしまわぬよう、ミルクは保護に向かうことにした。もう陽が傾き始めている。子ども達だけで村の外に出てしまうのは危険だろう。
「キミ達のことは僕が必ず守るから、安心して」
見知らぬよそものに警戒を示した子どももいたが、突進してきたチョコロール猪をミルクが盾で弾き飛ばしてしまうと、皆安心したように側に駆け寄ってくる。念の為一人ひとり確認してみるが、逃げる際に転んでしまって擦りむいた子はいたものの、大きな怪我をした子どもはいないようだった。
大人しくなった子ども達を引き連れ、村の中心に向かう。途中で大人を見かけたら子ども達を託そうと思っていたのだが、数少ない彼らのほとんどは、子ども達を遠ざけようと戦っているらしい。いずれにせよ、中心部まで行かなければならないようだ。
二度ケーキモンスターに遭遇したものの、幸いなことに戦いに慣れたミルクからすれば、特に手こずるような相手ではなかった。だが油断は出来ない。進行方向をじっと見据える。ダークチョコの方は大丈夫だろうか。
「わっ! いっぱいきた……っ!」
「どうしよう!!」
「大丈夫! みんな、僕と同じように端っこに寄って!」
中心部に近づくと、そこからたくさんのケーキモンスターがやってくる。驚いて騒ぎ始めた子ども達に、ミルクは落ち着いて指示を出した。ケーキモンスター達の方こそ慌てているように見えたのだ。案の定、彼らは身構える暇もないほどに素早く、分け目も振らずに逃げ去っていく。
きっと嫌というほど懲らしめられたに違いない。きょとんとしている子ども達をよそに、ミルクはほくそ笑む。やはり心配無用だったようだ。
子ども達を再度促してもう少しだけ進むと、広場に人が集まっているのが見えてくる。その中にはダークチョコの姿もあった。
「本当に助かったよ……! ありがとう!!」
ミルクの耳にまで届く大きな感謝の言葉を受けて、ダークチョコが僅かに首を横に振ったのが分かった。きっと「大したことはしていない」とでも返しているのだろう。安易に想像がつき、ミルクは微笑んだ。
呪われた剣を手放したその時から、ダークチョコは誰かを守る為に戦うことが出来るようになっていた。ミルクの故郷を救ってくれた、あの頃のように。
「パパ!」
一人が駆け出したのを皮切りに、子ども達が一斉に走り出す。ここまでよく我慢してくれたと、褒めてやりたかった。
ほっとした表情の大人達に混じってこちらを向いたダークチョコは、少し困ったような顔をしている。あれは照れている時の表情だ。こっそり笑ったつもりだったのにバッチリと顔に出てしまっていたらしく、目が合うなりダークチョコはムッとした顔になる。
おかしくて笑っているわけではないのに。ミルクは苦笑しながら彼に近づいた。
「お怪我はありませんか?」
「何ともない。お前も余裕そうだな」
「あはは……」
じとりとした視線を向けられて、ミルクは頬を掻いた。機嫌を直してもらわないと。そう思いながら話しかけようとしたその時、服の裾がぐいっと強く引っ張られた。驚いて後ろを振り返ってみれば、ここまで連れてきた子どものうちの一人が、首を目一杯上げてこちらを見上げている。
「僕に何か用ですか?」
ミルクが屈み込むと、子どもの小さな口から大きな声が飛び出してくる。
「たすけてくれてありがとう! お兄ちゃん強いね! すっごくかっこよかった!」
「――ありがとう! キミも誰かが困っている時は、力になってあげてね」
ふんわりと頭を撫でてやれば、子どもは心地好さそうに両目を閉じて笑う。きらきらとした眼差しが自分へと向けられていることに、喜びと同時に照れくささを覚えて、ミルクははにかんだ笑みを浮かべる。
「何だか少し懐かしいです。昔の僕もきっと、あんな目をしていたんでしょうね」
ぶんぶんと手を振りながら離れていく小さな後ろ姿を見送ると、ダークチョコに視線を戻した。同じように子どもを見守っていた彼も、こちらを向く。
「……そうだな」
まっすぐミルクに向けられていた赤い目が、すっと細められた。その表情に、さらに懐かしさが込み上げてくる。
「そして、お前は今もその目でオレを見てくれる」
「そりゃあ当然ですよ! 僕にとって、あなたは今までもこれからも、ずっと英雄なんですから!」
「ずっとか」
ダークチョコが苦笑する。彼に感謝していることはもう何度も伝えているが、まだまだ伝え足りないくらいだ。これからも何度だって、言い続けるだろう。ずっと、ずっと――。
さっそくミルクが語ろうとしたところで、村人達に話しかけられた。村を救ってくれたお礼に、今夜はご馳走させてほしいとのことだ。ミルクはダークチョコと顔を見合わせる。見返りを求めての行いではなかったものの、今から山を越えるのは厳しい。元々明るくなってからの出発と決めていたので、少しだけお言葉に甘えさせてもらうことにした。もちろん、手伝えることは手伝うつもりでいる。
突然の襲撃で壊れてしまった納屋などの修復作業にはダークチョコが手を貸し、ミルクは主に怪我人の手当てにあたった。幸い大怪我をしたものもおらず、それほど大きな被害はなかったようだ。
いよいよ日が暮れてしまうと、二人は村の長の家に招かれた。あまり人の出入りがない為か村には宿がないようだったので、ありがたい申し出であった。
「さあ、たくさん食っとくれ!」
二人を出迎えたのはテーブルいっぱいに並んだ、たくさんの料理。村長の二人の娘が作ってくれたというそれらは見た目こそ質素ではあるが、とてもいい匂いがする。
ミルクはまず、湯気が立ちのぼる汁物からいただくことにした。キノコが入っているそれをひとくち飲んでみると、出汁がよく利いた深みのある味がする。おいしい、とつい声を上げていた。
他のものも、とテーブルの上に改めて視線を向けてみれば、ほとんどの料理にキノコが使われていることに気が付く。聞けば、村の名物らしい。
「わあ! これもすごくおいしいです!」
ひとくち食べるたびに、笑みがこぼれ落ちてしまう。そんなミルクの様子に、村長達もにこにこと嬉しそうだ。隣に視線を向けてみれば、目が合ったダークチョコも微笑を返してくれる。
ああ今日も幸せだ。口に含んでいたものを飲み込みながら、ミルクは思った。
「さすがにこのお腹じゃあ、すぐには眠れそうにないですね」
「ああ」
ぽんぽんと腹を軽く叩いてみせれば、ダークチョコも自分の腹をさすりながら苦笑いを浮かべる。何とも喜ばしい苦しさだ。たくさんあるからと、ミルク達が何も言わずともご飯のおかわりまで出てくるものだから、久しぶりに満足すぎるほどに食べてしまった。
畳の大半を埋めつくしている布団の上に座って、こうして腹を休めている最中だった。大きなベッドがないからと村長は申し訳なさそうにしていたが、充分だ。野宿よりずっといいし、そして何よりも、その心づかいがありがたい。
「それにしても、どれも本当においしかったですねー!」
これでもかというほど食べたが、特にミルクが気に入ったのはやはりキノコご飯だろうか。テーブルに所せましと並べられた料理を思い返しながら喋っていると、時々相づちを打ってくれていたダークチョコがいつの間にか黙り込み、自分の顔をまじまじと見つめていることに気が付く。
「えっと、何か付いてますか?」
しっかり洗って拭き取ったつもりだったが、もしかすると。念の為にと口のまわりを手の甲で拭ってみる。が、やはり何も付いてはなさそうだ。
その様子がおかしかったのか、ダークチョコはくつくつと笑いながら首を横に振る。
「いや、何も付いてない。ただ、お前があまりも嬉しそうだったからな」
そこで言葉を区切った彼は、布団を見下ろしながら続ける。
「こんな日がずっと続けばいいと……つい、そう思ってしまった」
「……ダークチョコ様」
白い布団の上で一際映えるチョコレート色のその手に、ミルクは手を重ねた。
「心配せずとも、オレは後悔などしていない」
返ってきた視線に、ほっと胸を撫で下ろす。まっすぐミルクの目を見返してくる赤い目に、迷いは見えない。
「僕だっておんなじ気持ちです。……これからの旅も、うんと楽しいものにしましょう!」
「ああ、そうだな」
しっかりと頷き合ってから、ミルクは部屋の明かりを消した。それでもほのかに明るいのは、小さな窓の向こうにある大きな月のおかげだ。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
しばらくやわらかな光を見つめてから、ミルクはゆっくりと目を閉じた。
自分がしたことを、そして何よりもダークチョコの選択を、悔やむ気持ちはなかった。それは本当のこと。
だけど時々、朝が来るのが少し怖くなるのも本当だ。
ミルクは目を閉じたまま片手を動かしてみる。手探りで見つけた、自分のものより少し冷たい手。何も言わずに握り返してくれたその手が、朝まで自分の温もりを覚えてくれていることを、今夜も強く願った。
(by sakae)
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