ムーンロードの先へ - 1/13

このお話は2022年09月20日に発行した同人誌の再録となります。
誤字脱字などの修正以外に変更点はございません。

・基本明るめですが死ネタが含まれるので、人によっては後味が悪い終わり方に思えるかもしれません。
・最新ストーリーがEP14(+オデッセイ)の時に書いたものです。
・執筆時点でキングダム未実装のキャラが登場します。
・名無しのキャラが喋る場面が数ヶ所あります。


※無断転載・AI学習を固く禁じます。
01.旅の途中

 瑠璃色だった空が段々と明るくなっていく。ミルクはこらえきれずに、空に向かって大きな欠伸をひとつした。新しい一日の始まりだ。
 ぐんと大きく腕を伸ばした拍子に、肩にかけていた毛布が脱げ落ちる。それを片づけてしまうと同時に冷たい風が吹いた。寒い。
 冷たく感じる手を焚き火であたためてから、朝食の支度に取りかかることにした。
 食材を入れてある袋の中を手探りで漁ってみると、残りが少ないことに気が付く。だが心配はない。遅くとも昼過ぎには町にたどり着く筈だ。焚き火に掛けた鍋に切り分けた干し肉と、昨日採取してあった木の実を放り込む。あとはキノコが一種類入っただけの質素なスープだ。それでも最初に入れておいたハーブの香りに食欲をそそられ、煮込んでいるうちにミルクの腹は鳴り始めた。
 スープが完成間近になった頃に姿を現した太陽が眩しくて、目を瞑る。テントから彼が顔を出したのも、ちょうどその時だ。ミルクは体を少し捻り、笑顔を向けた。
「おはようございます、ダークチョコ様!」
「ああ、おはよう。……今日もいい天気のようだな」
 眩しそうに目を細めながらも、ダークチョコは空を仰いだまま動かない。朝陽が照りつけるその姿は、何度見ても飽きないものだとミルクは思う。今日もまた揃って朝を迎えられることが出来て、嬉しかった。
 やがて空から目を離したダークチョコの視線が自分の方を向いたことに気付き、手に持ったおたまで鍋の中身を軽くかき混ぜながら座るよう促す。ちょうど食べ頃だ。深皿にスープをそそいでいく。
「残りものなので、ちょっと味気ないかもしれませんが」
 ミルクの言葉に、鍋を挟んで真向かいに座ったダークチョコはやんわりと首を横に振る。
「そんなことはない。お前が作ってくれるものは優しい味がして、いつもうまいと思っている」
 思いもよらぬ褒め言葉にミルクは面食らって、目をぱちくりとさせる。嬉しいのにどうにも照れくさく感じるのは辺りがすっかり明るくなり、その表情をはっきりと捉えることが出来たからだろうか。日差しを浴びた微笑みが、いつにも増して輝いて見えるのだ。
「……あ、ありがとうございます! でも僕はダークチョコ様が作ってくださるご飯も好きですけど!」
 やっとの思いで早口になって言葉を返すと、スープにパンを添えてダークチョコに手渡した。鍋の中には皿に入りきらなかった分がまだ結構残っている。
「良かったら、おかわりもありますから」
 ミルクの言葉に自分の皿に視線を落としていたダークチョコは顔を上げ、短い礼の言葉を口にする。熱いスープを食べる前から胸がじんわりとあたたかくなって、ミルクの「いただきます」の声は随分と大きくなってしまった。誤魔化すように、スープに浸したパンをぱくりと口に入れる。硬いパンも、こうやって食べるとなかなかおいしい。
 時折ダークチョコと会話を交わしながら、ミルクは一日の始まりを短いながらも満喫した。

 世界中を見て回りたい。そう言ってクッキー王国を旅立ったダークチョコに同行して、一ヶ月が過ぎた。のんびりとした、気ままな旅だ。
 ミルクもダークチョコも、あの王国に腰を据えるまであちこち駆け巡っていたが、今とはまったく違った旅をしていたように思う。ミルクにはダークチョコを探し出すという明確な目的があったし、ダークチョコに至っては複雑な事情を抱えていたから、当然といえば当然だ。クッキー王国に行ってからも仲間達といろんな場所へ赴いたが、そのほとんどが慌ただしいものだった。
 だが今度の旅に明確な目的はない。ダークチョコにとって、いい旅になってくれたら――ミルクが願うのは、ただそれだけだ。

 町にたどり着いたのは予定どおり昼だった。ちょうど昼時の町は活気が溢れ、賑わっている。肉や野菜を焼く匂いに思わず釣られそうになるが、宿を取る方が先だ。
 宿に荷物を置いたあとは、少しでも長持ちさせたい食材などを除いて、旅に必要なものを揃えていく。五日前に寄った町にはなかった香辛料をいくつか見かけ、惹かれるようにミルクは手に取っていた。町や村に寄れない間の食事はどうしても似たり寄ったりになってしまうので、味付けだけでもバリエーションがあった方が飽きないだろう。買いすぎてしまわないようにと吟味して、結局二種類だけ買い足しておいた。
 買い物を終えると二人は少し遅めの昼食をとった。昼時を過ぎた喫茶店は満席ではなかったものの、まだ客は多い。明るい雰囲気の町は、そこで暮らしている人々の顔を見るだけで元気を貰えるような気がして、それだけで来た甲斐があったと思える。今も後ろの席から聞こえてくる楽しそうな会話に、ミルクはこっそり笑みをこぼす。
「足りなかったのか?」
 向かいで紅茶をんでいたダークチョコが苦笑しているのは、定食を食べ終えたばかりのミルクが再びメニューを開いたからだろう。昼食というには遅い時間にもやっていたランチは、ボリュームがあって満足した。したのだが、パフェかパンケーキかを悩む子どもの声を聞いているうちに、甘いものも食べたくなってしまったのだ。
 ミルクは照れ笑いを浮かべながら、デザートが載ったページに目を走らせる。子どもが悩んでいるらしいパフェとパンケーキも大ボリュームだ。
「ダークチョコ様も一緒にどうです?」
 素早くいくつかに候補を絞ると、ダークチョコにメニューを差し出す。
「……そうだな」
 ほんの一瞬表情を硬くしたダークチョコは小さく顎を引いたあと、改めてメニューに視線を落とした。甘いものを食べようと誘えば一度ためらう素振りを見せるのは、クッキー王国にいた頃から変わらない。彼が甘いものを禁じられていたのはもう遠い昔のことだというのに、未だに抵抗があるようだった。
 とはいえ、甘いものが嫌いなわけでもないらしい。嫌だと断られたことはなかった。現に運ばれてきたショートケーキを見たダークチョコは、どこか嬉しそうに見える。だがそんな彼も、ミルクの前にドンと置かれたパフェには目を白黒とさせた。
「アイス、少し食べます? ストロベリーとチョコレート、どちらにしましょう。あ、バニラもあるみたいですね!」
 口をつけてしまう前にとミルクが尋ねると、ハッと我に返った様子のダークチョコはケーキが載った皿をおずおずと差し出してくる。
「あ、ああ。ならストロベリーを貰おう……それ、全部食べきれるのか?」
「え? 問題ありませんよ。これも、すごくおいしそうですね〜!」
 三種のアイスクリームに、種類も量も豊富なフルーツ。ミルクが頼んだスペシャルパフェは想像よりひと回り、いやふた回りは大きかったが見た目もカラフルで、眺めているだけで楽しくなってくる。
 ピンク色のアイスとトッピングの星型のかわいらしいチョコをケーキ皿の端に添えて返すと、ダークチョコは手に持った皿を見下ろしてから再び視線を持ち上げた。
「お前も少し食べるだろう」
「あ、いえ僕は――」
 彼が頼んだケーキもフルーツはたっぷりと載っているものの、ケーキ自体はそれほど大きくない。さすがに遠慮しようと口を開けば、そこにフォークが差し出される。
「どうした、食べないのか?」
 ケーキが刺さったフォークをこちらに向けたまま、ダークチョコが小首を傾げる。途端にミルクは、顔が熱くなった気がした。
「いっ、いただきますっ……!」
 上擦った声を上げ、ケーキに食らいつく。子ども扱いか、はたまた何も考えていないであろうダークチョコの行動には、驚かされてしまうことが時々ある。ひとくち分のケーキが、やけに甘く感じた。
 まだ熱い気がする顔をどうにかしようと、ミルクは冷たいパフェを次々口に放り込む。
「慌てて食べなくとも、取りはしないぞ」
 と、からかうように言ってのけたダークチョコも、アイスを口に入れる。それからケーキを食べ始めた彼の満足げな様子を見て、ようやくミルクも落ち着きを取り戻し、パフェを味わうことが出来た。一緒に甘いものを食べているだけなのに、何だかとても幸せな気分だ。
 もっと一緒に、おいしいものを食べたい。そんな些細なことが、この旅の目的なのかもしれない。今更ながらに、ミルクはそう思った。
 先にケーキを食べ終えていたダークチョコが、ふいに顔を上げる。どうしたのかと尋ねる前に、控えめなボリュームで流れていた曲が変わったことに気が付いた。よく知った歌声に、ミルクは頬を緩める。
「パフェちゃんは、この辺りでも人気なんですね!」
「そのようだな」
 トッピングはいらない、と聴き慣れたフレーズが耳に入ってくる。流れているのは、クッキー王国でも大人気だった彼女の代表曲だ。それほど遠くないとはいえ王国を離れてもなお、変わらぬ歌声が聴けることが何だか不思議でもあり、嬉しい。きっと彼女は、いや彼女だけでなく他の仲間達も、相変わらず頑張っているのだろう。
 最後までとっておいたイチゴを食べてからダークチョコの方を見てみれば、彼は目を閉じて耳を澄ませているようだった。もしかしたら、あの王国で過ごした日々を思い返しているのかもしれない。ミルクも次の曲に変わってしまうまで、懐かしい歌声に聴き入っていた。

 外に出てみると、空には薄い雲が懸かっていた。雲の向こうから滲む太陽を見上げたダークチョコの手を取って、ミルクは笑いかける。
「まだ夜まで時間がありますね! 次はどこに行きましょう?」
「そうだな……広場の方を回ってみるか」
 ふっと目を細めたダークチョコに、しっかりと頷き返す。クッキー王国での楽しい日々はすでに過去のものとなった。だけどきっと、この旅の日々も同じように輝くに違いない。
(by sakae)


NEXT

送信中です

×

※コメントは最大3000文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!