※無断転載・AI学習を固く禁じます。
01.だって意味なんかない
「こんな所で何してるのさ」
風に揺られる緑の中に見慣れた桃色を見つけて、つい話しかけてしまっていた。後方からの呼びかけに驚いたのか、アリエッタはビクリと大きく肩を震わせてから、ゆっくりと顔だけをボクの方に向ける。
「お花を見てた、です」
おどおどした瞳がいつも以上に下から見上げてくるのは、彼女がしゃがみ込んでいるせいだ。
「花……?」
周囲をさっと見渡して、ボクは首を捻る。草だの木だのは生えてはいるけど、花という花は見当たらない。不思議に思っていると、アリエッタは「ここです」と言いながら、体を少し横にずらした。
揺れる桃色の髪の向こうに見えたのは、たった一輪の花。それも、少し強めの風が吹けば飛ばされてしまいそうな、小さくて頼りない花だ。だけどその花に覚えがある。確か――。
「……この花と同じやつ、向こうにたくさんあったと思うけど」
ここに来る途中、同じ花がたくさん生えている場所があったのを思い出す。生い茂る緑の中、好き勝手に増殖した花は目の前のものよりずっと元気なように見えた。
興味が湧かないボクにとっては欝陶しいとしか感じないけど、そんなに花が好きならそっちを見に行けばいい。そう思って場所を教えてやったのにアリエッタは首を横に振ると、愛おしそうに弱そうな花を見つめた。
「向こうの子達はお友達たくさんいるけど、この子は一人ぼっちだもん」
「はぁ?」
アンタ馬鹿じゃないの? 言ったらあとが面倒になりそうだから、とりあえず声には出さずに留めておく。
「一人ぼっちは寂しいから……アリエッタが一緒にいてあげるの」
呆れて言葉も出てこないボクを気にしていないのか、気付いてすらいないのかは知らないけど、彼女は続ける。
「一人ぼっちで……イオン様みたい」
またイオン様、ね。見たことのないボクの被験者。アリエッタの話はいつも奴のことで占められている。
まあ被験者のことだろうが、そうでなかろうが、他人の話なんてボクは興味ない。時間の無駄だ。踵を返そうとしたその時、アリエッタが呟いたのを耳にしてしまった。
「……イオン様、前はアリエッタだけのイオン様だったのに、……どうしてアニスなんかとっ……!」
――ああ、何だ。そういうことなんだ。
来た道を戻ろうとしていた足を、花の方へと向ける。
「……シン、ク?」
訝しむアリエッタを無視して、花に手を伸ばした。
「! シンクッ……!?」
ボクが何をするつもりなのか気付いたらしいアリエッタが、普段は小さな声を張り上げて腕にしがみついてきたけど、もう遅い。ボクは乱暴に花を掴んだ。
「あ、ぁあ……!!」
弱々しく根を張っていた花は呆気なく地面から離れる。引き抜いた衝撃で散った花びらを、アリエッタはただ見ているしかない。
花びらが風にさらわれていく。唯一足元に落ちた一枚を、靴の底で踏みつけてやった。
「シンク、どう、してぇ……? ひど、い……」
力なく座り込んだアリエッタが、泣きながらもボクを見上げてくる。ああイライラする。
「……アンタさぁ寂しそうだからとか何とか言って、結局はこの花を自分だけのモノにしたかったんだろう?」
結局は勝手な理由をつけて、誰にも触れさせないようにして。ただ自分だけが独占したかっただけだ。――大好きなイオンのように。
そういうのって、ムカつくんだよ。手の中に残っていた細っこい茎を、アリエッタに投げつけるようにして捨てる。それさえも風にさらわれていった。
「馬鹿じゃないの? こんなことしたって無駄なんだよ!」
まだボクの腕を掴んでいた小さな手を、力任せに振りほどく。どんなことをしたって、あの花はアンタだけのモノになりはしない。イオンがアンタだけのモノじゃなくなったのと、同じ様に。
――まあ、どっちにしろ今のイオンはただのレプリカでしかないから、こんなことをする意味もないんだけど。本当に馬鹿馬鹿しい。
ボクは泣き続けるアリエッタを置いて、その場をあとにした。
帰り道には、たくさんのあの花が風に揺れていた。背中越しに聞いた泣き声が蘇る。やっぱり欝陶しい。そう思ってボクは花を睨みつけていた。
(by sakae)
→NEXT
※コメントは最大3000文字、5回まで送信できます