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「一回だけなんて、かわいそう……」
今にも泣き出しそうな。そんな表情のアリエッタが目の前に現れたのは、昼を少し過ぎた頃。つまりボクが休憩に入ってすぐのことだ。それから勝手に喋り始めて、やっぱり泣きそうな声でそう呟いた。それとボクがテーブルに置いたマグカップの音が重なる。どっちも小さな音だった。
「シンクは……? シンクも、そう思わないですか?」
「別に」
溜息混じりに返す。くだらない話だった。一年に一度、決められた日にしか会うことが出来ない男と女の、カワイソウな話。
そんなつまらない物語をアリエッタは悲しそうに、泣きそうになりながらボクに語った。アリエッタにこんな話を吹き込むのは、あのうるさい導師守護役か死神かのどちらかだろう。まったく迷惑な話だ。
「一回だけしか会えないだなんて。そんなの、ひどいです……」
いつものように不細工な人形をぎゅっと抱きしめるアリエッタを横目に、ボクは飲みかけのコーヒーを飲み干した。やっぱりあまりおいしくない、今日のは失敗だ。
ひとつ息を吐き出してから、マグカップをテーブルに戻した。今度はさっきより大きな音がする。驚いたのか、アリエッタが一瞬大きく目を見開く。
「だったらアンタは好きなだけ会いにいけばいいんじゃない? アンタはいつだって会えるんだからさあ」
「……会えるけど、でも」
しゅんと肩を落とし、さらに小さくなってしまったアリエッタの言葉を待たなくても、彼女が落ち込む理由なんて簡単に想像がついた。アニスが邪魔で話が出来ない。どうせそんなところだろう。案の定、アニスは意地悪だとかぼやき始めた。
そんなアリエッタに、ボクは質問を投げかける。彼女が嫌いなイジワルだ。
「ねえ。――もしアンタも一年に一度きりしか導師に会えなくなったとしたら、どうする?」
「……」
悪態づいていたアリエッタの声が、ぴたりと止んだ。けどそれは、ほんの僅かな間だけ。
「…………や」
小さく開かれたくちびるが、わなわなと震える。同時に薄紅色の瞳から涙が落ちてきたと思ったら、次から次へと溢れ出す。
「……や、いや、嫌……! そんなの嫌ぁ! アリエッタ、会うもんっ! イオン様に、毎日会うんだからぁ!!」
「ちょっと待っ――!」
過剰な反応に驚いた時には遅かった。伸ばした手は、一瞬の制止の手助けにもならない。火が付いたように泣き始めたアリエッタは、そのまま部屋を飛び出してしまった。どう考えても、行き先はひとつ。
はあ、と息が漏れ出る。面倒なことになるのは明らかだ。自分から振ってきた話なのに、バカな女。ホントに迷惑な話だ。
「……大体、もう会ってないじゃん」
被験者イオンが死んで、もうすぐ二年。彼の七番目のレプリカが導師イオンに成り代わったのも、同じくらい。あまりにも滑稽で笑えてくる。
一年に一度だけでも会える方が、きっとまだ幸せだ。二度と会えないよりは。――毎日のように会えるのなら、たとえそれが偽物でも幸せなのかどうか、ボクは知らないけど。
妙に渇いた喉を潤そうとマグカップを手にしてから、さっき全部飲みきってしまったことを思い出した。バカバカしい。ダンッとテーブルに打ちつけるようにしてマグカップを置くと、その場をあとにした。
その日は、夕方になってから雨が降り始めた。暗くなってもまだ止む気配はない。
物語の男と女の再会が天候に左右されるのかどうか、分からなかった。そもそも、その日のいつ頃再会するのかも知らないし、そんなことに興味もない。
それでも何となく、今年は会えなかったんじゃないかと思った。その方がずっとマシだ。
(by sakae)
END
(09-07-07初出)
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