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ぼんやりとした様子の同僚が窓辺で佇んでいるのを見かけて、アリエッタはゆっくりと歩み寄る。近づく足音に気付いていない筈がないのに、少年はこちらを振り向きもせず、そのまま外を眺め続けていた。
相手にされないのは、いつものこと。少し寂しく思いながらも、アリエッタは傍らまで近づく。僅かに開いた窓からはひんやりとした風が吹き込み、アリエッタの大切な人と同じ色をした少年の髪を、ふわりと揺らした。
「何を見てるの……?」
窓ガラスにぴたりと両手を当てて、少年の目に映るものと同じであろう景色を見てみるが、特に珍しいものは見当たらなかった。不思議に思い訊ねるも、少年は視線すら寄こさない。諦めたアリエッタは再び窓の外に目を遣るが、ここからだと教会を出入りする者達の姿も見えそうになかった。
「……別に。何も見てないよ」
少しの沈黙のあと、ようやく返ってきたのは素っ気ない言葉だけ。それでもアリエッタは、強張っていた表情を緩めた。少年の機嫌が悪い時だと、無視され続けるのも珍しくない。
今日は不機嫌ではないのだろうかと改めて少年に目を向けてみるが、仮面で顔を隠している彼は、それでもどこかつまらなさそうに見えた。それもいつものことといえば、いつものことではあったが。
――退屈、なのかな?
アリエッタは何とはなしに空を見上げる。今の自分達と同じように、すっきりとしない、どんよりとした空だった。だけど雨が降りそうな気配はない。明日には、きっと太陽が顔を出していることだろう。
「アンタは何やってんの」
「え、あ、アリエッタは、えっと……」
話を振られるとは思っていなかったので焦って口ごもるアリエッタだったが、窓から手を離してシンクに向き直ると、落ち着きを取り戻す。
「総長に頼まれてたお仕事が終わったから、お散歩してた……です」
「そう」
「シンクは、お仕事終わったの……?」
自分から聞いてきたわりにまるで興味がなさそうなシンクの態度にも、アリエッタは落胆しなかった。むしろ会話が出来て嬉しいとさえ思っているのだ。
そんな喜びを顔に出して喋るアリエッタとは対照的に、シンクは曖昧に首を振る。彼は休憩中なのかもしれないと、アリエッタは考えた。
「――ホント、欝陶しい天気だね」
ふいに視線を上げたシンクの口から、溜息がこぼれ落ちる。釣られるように顔を向ければ、そこにあるのは先ほどと同じ曇り空。
――シンク、元気がないみたい。
顔を上げたままの彼をちらりと見てから、アリエッタはまた空へと視線を戻す。ぼんやりとした色の空は、何だか今のシンクと似ている気がした。
「アリエッタ」
「な、何……?」
ちらちらとシンクと空を交互に見ていたアリエッタは、ビクリと体を跳ねさせた。ついに、うざいと思われてしまったかもしれない。
だが彼はそんなアリエッタの様子など気付いてすらいないのか、淡々と告げる。
「図書室に導師がいたよ」
「――え?」
予想外の言葉に目を丸くするアリエッタの耳に、ついでに、と続きの言葉が入り込んでくる。
「今ならアニスもいない筈だ」
「…………」
シンクが自分からイオンのことを教えてくれるなんて、珍しいことだった。いつもは話題に出すのも嫌がるのに。アリエッタは驚き、声も出せないままシンクを凝視する。
――もしかして、嘘? 意地悪?
一瞬だけそう疑って、けれどそんなふうには見えないと迷っていると、今日初めてシンクが顔を向けてくる。
「行かないの?」
やっぱり嘘じゃない。そう確信したアリエッタは、目を閉じて俯く。イオン様、と小さく呟けば、簡単に彼の笑顔が思い浮かんだ。
イオン様、会いたい。いっぱいお話がしたい、です。――でも。
顔を上げ、上目遣いにシンクを見つめる。彼はもう、こちらを見ていない。仮面に隠されたその表情は、やっぱり分からない。けれど。
「今はいい、です。……アリエッタは、行きません」
アリエッタの発言に驚いたのか、シンクが振り向く。
「ここにいる、です。シンクと、一緒」
呆然とするシンクの姿が珍しく、アリエッタは笑いながら窓に両手をつくと空を仰いだ。薄暗い色の雲が、空いっぱいに広がっている。おそらくこの雲が、シンクの心にまで懸かってしまっているのだ。
「シンク。明日はきっと晴れる、です!」
多分、雨は降らない。だけどアリエッタは、じめじめとした天気よりも、すっきりと晴れた青い空の方が好きだった。だからシンクも、早く元気になればいい。そう思って笑いかける。
呆気に取られていたシンクは諦めたように大きな息をひとつつくと、アリエッタと並んで空を見遣った。
「まあ、晴れたら晴れたらで、眩しくてうざったいけどね」
「……シンクのワガママ」
皮肉めいた言葉に頬を膨らませるアリエッタだったが、シンクの口元が僅かに吊り上がっているのに気が付くと、そっと微笑んだ。
(by sakae)
END
(10-01-14初出)
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