※キングダムのエイプリルフール2023「ときめきキングダム」の世界を舞台にした話です。
ミルクを始め実際には出てこないキャラが出たり、喋るモブがちらほらいたりと好き勝手に捏造しているので、何でも許せる方だけ見ていただければと思います。
※無断転載・AI学習を固く禁じます。
❀一日目
いつもの塾の帰り道での出来事だった。日が暮れると人通りの少ないその道は普段は静かな筈なのに、この日は違った。
数人の男達がいる。背格好からして僕と同じ年頃だろう。幸い見知った顔はなさそうで、ほっとした。というのも、ケンカの真っ最中だったからだ。いや、複数人で一人を取り囲んでいる状況は、僕が知っているケンカじゃない。最初はすぐに警察に通報しようとした。
なのに結局僕は電話も掛けず、突っ立っているだけだった。一人立ち向かう背の高い男。僕は、彼に見入ってしまっていたのだ。複数人に囲まれ、しかも武器になるような物も持っていないのに彼は信じられないくらい強く、長い手足から流れるように繰り出される打撃は美しさすら感じる。
僕が我に返った時には男達は走って逃げ出すか、あるいは痛そうに地面を転げ回っていた。逃げたうちの一人が僕の近くを横切る。それを目で追っていたらしい背の高い男と目が合った。だけどそれは一瞬のことで、彼はすたすたと歩き出した。きっと僕が男達の仲間ではなく、通りすがりの一学生だと分かったんだろう。
身構えることすら忘れていた僕は、こっそり胸を撫で下ろした。彼が誰彼構わず暴力を振るうような人なら、危なかったかもしれない。彼の名前は、さっき男達が叫んでいたのが僕の耳まで届いていた。黒王怜士――僕が通う高校でも有名な人物だった。悪名高い、といった方が正しいだろうか。確か、キングダム学園の黒い嵐とか言われている超不良だ。
しかし正々堂々一人で立ち向かい、そして無関係の僕に一切目を付けてこなかった彼が噂ほどひどい人物とは思えず、僕はつい彼を追いかけていた。
「待ってください!」
「何だお前は」
鋭い視線に射抜かれてしまうんじゃないかと思った。それでも僕は彼に近寄って、腕を掴む。
「とにかくこっちへ……もうすぐ警察も来そうですし」
パトカーのサイレンが近づいてくる。おそらく騒ぎを聞きつけた誰かが通報したんだろう。彼も警察を厄介に思っているようで、僕を警戒しつつもそのまま大人しくついてきてくれた。少し歩くと細い道に出る。いつもの近道が人気がないのを感謝したのは、初めてかもしれない。ただ、街灯が少なく暗いのはやっぱり問題だ。
「すみません、これで僕の手元を照らしてもらっていてもいいですか?」
ライトを点けたスマートフォンを彼の手に握らせると、僕は鞄の中を漁る。
「おい何の真似――」
「あ、ダメです! 手以外は動かさないでください!」
言いながら僕が取り出したのは救急セットだ。それを見た彼は不思議そうな顔をする。
「ああ、これですか? ケンカっぱやい友人がいるから常に持ち歩いてるんですよ! 彼、悪い人じゃないんですけど怒りっぽくて――」
「そうじゃない。……何故オレの手当てをしようとしてるんだ」
「何故って、怪我してるからに決まってるじゃないですか! さあ、ちょっと痛いかもしれませんが、頑張ってくださいね〜!」
まだ何か言いたげな様子の彼を無視する形で手当てを始める。そうすれば彼も諦めたようで、面倒くさそうにしながらも僕の手元を照らしてくれた。結構律儀な性格らしい。
「……随分手際がいいな」
「慣れてますからね!」
ケンカっぱやい友人のこともあって、怪我の処置には慣れている。途中からは彼に座ってもらい、ワイシャツのボタンを外してもらった。四月になったばかりの夜はまだ寒いから申し訳ないけど、この方が手っ取り早い。血や汚れを拭ってから特に目立つ傷口にガーゼを宛てがい、包帯を巻いていく。
それにしても一人であの人数を相手にしたというのに、大怪我という大怪我がなさそうなのには驚いた。本当に強い人なんだなと、さっきの光景を思い出しているうちに、何故か僕の胸は高鳴る。何だかんだでケンカは見慣れている筈なのに、どうしてだろう。
「終わったなら、これはもういいな」
話しかけられたことに気付いてハッと顔を上げれば、彼はライトが点いたままのスマートフォンを僕の手に押しつけるようにして返してくる。僕の手が止まったのを見て、手当てが終わったと思ってしまったようだ。見える範囲については大体の処置は終わっていたものの、特に気になる場所が残っている。立ち上がろうとする彼を急いで引き止めた。
「すみません、ちょっと眩しくしますね」
僕はスマートフォンを操作してライトを消すと、明るいままの液晶画面を彼の顔へと向けた。間近で見た彼は端正な顔立ちで、だからこそ不釣り合いにすら感じられる左目のそれに、目が釘付けになってしまう。
「えっと、左目のその傷は……」
「これか? これなら古傷だ」
左目に手をやった彼はそれだけ言って、今度こそ立ち上がった。
「……お前が勝手にやったことだ。見返りを求めていたのなら無駄なことをしたな」
スマートフォンをしまいながら腰を上げた僕は、ゆっくり首を横に振った。彼の言うとおり僕が勝手にしたことだし、そもそもそんなことは望んでない。
「無駄なことなんて、何ひとつしてませんよ」
僕の返答に呆れたのか、彼は肩を竦めた。変なやつだと思われたかもしれない。何故か、時々そう言われることがある。
「じゃあな」
「はい! 気を付けて帰ってくださいね、黒王先輩!」
「……キングダム学園の生徒には見えないが」
背中を向けたばかりの彼が思わずといった様子で振り返り、僕の服装を確かめるように目線を下げた。お互い制服姿ではあるものの、着ている制服は違う。すぐさま訝しむような視線が飛んでくる。確かに僕らは別の高校に通っているし、一緒の学年だ。でも。
「だって、さっき一人で戦ってたあなたの姿……本当にカッコ良くって素敵で…! 噂どおり、とても強いんですね!」
「……ただのケンカだ。それに、オレのことを知っているなら分かるだろう」
深い溜息をついた彼は、再び僕に背を向ける。
「オレは、お前みたいなやつが関わっていいような人間じゃない」
それきり、彼は一度も振り返らなかった。彼の姿が見えなくなってようやく、僕も普段どおり家までの道を歩き始める。
帰り道の途中、通りかかった公園から風に吹かれてやってきた花びらを、街灯が照らし出した。ピンク色の桜の花は見ていると元気に、そして、何だか少し浮ついてしまう。だからなのかもしれない。
僕の中ではもう、黒王怜士にまた会いたいという気持ちが、大きく膨らんでしまっていた。
(by sakae)
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