バースデーにはケーキと祝福を

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 ホットミルクで一息ついた瞬間だった。大切なことを思い出したミルクは、深く絶望した。実際に膝から崩れ落ちこそしなかったものの、表情に出ていたのだろう。隣に座った紅イモが顔を覗き込んでくる。
「おい何だよ。急にこの世の終わりみてえな顔しやがって」
「…………うびなん、です…」
「あ? 喋るならもっとデカい声で喋れよ、聞こえねーぞ!」
「だから! ダークチョコ様のお誕生日が迫ってるんですってば……!!」
 言われたとおり言い直したのに紅イモは顔をしかめたうえ、耳まで塞いでしまう。そのことにも、自分があまりにも大きな声を出したことにも気付かずに、ミルクは頭を抱えた。どうしよう。ここ最近何かと忙しく、すっかり抜け落ちてしまっていたのだ。大切な、大切な日だというのに。
 その日を意識するようになったのは、実際に初めて彼と出会ってから。ダークカカオ王国中が慎ましくもお祝いムードに包まれるその日は、以前から知ってはいたのだ。それからは王子の誕生日がやってくるたびに、幼かったミルクは城がある方角に向かって懸命に祈りを捧げた。やがてダークチョコが国を出ていってしまっても、この世界のどこかにいる彼に思いをせ、切なく過ごしたものだ。
 だというのに、今の今まで忘れ去っていたなんて。落ち込むミルクの耳を、賑やかな声がいくつもすり抜けていく。
「へー、もうすぐダークチョコの誕生日なんだ! ボク達も何かお祝い出来たらいいね!」
「うん! 王として、民の誕生日は盛大にお祝いしなきゃ!」
「民って……ダークチョコってダークカカオ王国の王子なんじゃ……」
 先ほどのやりとりは店中に響き渡っており、おやつ時にドリンクを楽しんでいた客達の間で話題となっていた。
「ん? けど何でダークチョコの誕生日のことで、ミルクが暗い顔になるんだ? いつもなら、むしろ泣いて喜びそうなもんなのに」
 向かいの席で麻辣が首を傾げる。確かにそのとおりだと一斉に集まる視線に、ようやくミルクは重たく感じる頭を持ち上げた。同じテーブルに着く二人がぎょっとしている中、ミルクは震えようとする口をどうにか開く。
「実は……あの方に何をプレゼントするか、まったく決まってないんです……!」
「はあ? そんなもんテキトーに――」
「初めて一緒に過ごせるお誕生日なんですよ?! 適当だなんてそんなこと出来るわけないでしょう! 何か、特別なものをと思っていたのに……」
 最後の方は消え入りそうな声になってしまった。せめて気付くのがもう少し早ければ。悔やんでも悔やみきれない。
「まあまあ、何もそこまで落ち込まなくってもいいじゃんか! それで、ダークチョコの誕生日はいつなんだい?」
「それが……明日、なんです。あああ僕としたことが……」
「明日! 確かに時間がありませんね。すぐにでもお祝いの曲を用意しなければ」
 小さな声をしっかりと拾い上げたミントチョコが、カウンターに立てかけていたバイオリンを手に取る。さっそく流れ始めた優しい旋律にミルクは少しだけ気を取り直したが、実際にはまだ何も解決していない。
「私も記念すべき日に相応しいお飲み物を、ご用意しましょう!」
「祝いの席にはもちろん、これは欠かせないよね〜?」
 上機嫌でワイングラスを掲げるヴァンパイアが、ただただ羨ましかった。何だかまた落ち込んできて、ミルクはうなだれてしまう。
「それなら僕も花をプレゼントしようかな? 彼はどんな子が好きかなあ」
 楽しげなその声にハッとして、ミルクは勢いよく顔を上げた。カウンターに置かれた植木鉢の中から、かわいらしい花が顔を出しているのが見える。
「お花…! なるほど、お花はいいかもしれません! 僕もダークチョコ様が好きなお花をたくさん集めて、花束に……!」
「んー、まあいいんじゃないか? アタイなら激辛なものの方が嬉しいけど」
 麻辣の言葉を半分ほど聞いたところで、すでにミルクは立ち上がっていた。
「ハーブくん! キミの庭園に咲いてる桜はありませんか!」
「え?」
 急ぎ足でカウンターへ歩み寄るミルクに、振り返ったハーブは目をぱちくりとさせて首を横に振った。
「桜の木なら王国中に生えているけど、まだ花を咲かせる時期じゃないよ。もっとあたたかくならないと」
「そうですか……」
 やはり故郷と同じように、桜はあたたかい春に咲くものらしい。だけどミルクは諦めきれずに、さらに尋ねる。
「ホーリーベリー王国まで行けば、咲いてるでしょうか?」
「ううーん。あそこは少しあたたかすぎるんじゃないかな……」
「それじゃあどこなら咲いてますか? 僕、行って何本か取ってきます!」
「え! 取ってくるって、まさか木を?!」
 ハーブが大きく目を見開いたのと同時にバイオリンの音が止み、店内がざわついた。苦笑いを浮かべたスパークリングが、カウンター越しに近づいてくる。
「ミルクさん、少し落ち着いてください。……あなたがそこまでしようとするのは、彼が好きな花が桜だからですか?」
「……一番好きなのかは分かりませんが、多分そうだと思うんです」

 忙しくなるちょっと前。クッキー王国が雪で白く染まったその日、ミルクはダークチョコと散策していた。雪国育ちとしては特段珍しい光景ではなかったが、何だか嬉しくなって彼を誘ったのだ。その途中、急に立ち止まったダークチョコの視線の先には少し意外なものがあった。降り積もった雪の中からひっそりと顔を出す、桃色の花。
「懐かしいな」
 ぽつりと吐き出された呟きに、ミルクはまじまじと花を眺めた。故郷では見た覚えのない花だったが、ダークチョコにとっては思い入れの強い花なのだろうか。もしかしたら、城の辺りでは咲いていたのかもしれない。そう思って聞いてみるが、彼はを振った。
「いや、ダークカカオ王国では見たことのない花だな。ただあの色のせいか、つい桜を思い出してしまってな……」
「そうでしたか! 桜、綺麗でしたよね〜!」
 極寒の地で僅かな時だけ咲く鮮やかな色の花は、ミルクも好きだった。毎年春がやってくるのを心待ちにしていたものだ。
 二人して花を眺めていたが、しばらくしてダークチョコが動き出す。
「そろそろ行くか」
 言いながら一度花に視線を戻した彼は、目を細める。その表情がミルクの脳裏に強く焼きつき、花を贈るなら桜がいいと思ったのだ。

「なるほど……ですが、明日までに用意するのは少し厳しいのでは」
 スパークリングの声に、ミルクは肩を落とす。
「そうみたいですね、残念です。……ああ、何日かあったら持ってこられたのに」
「ダメだよ! 時間があっても、桜の木を引っこ抜いてきたら絶対にダメだからね!!」
 珍しいことに荒々しく席を立ったハーブは、何やら焦っている様子だ。どうしたのかとミルクは不思議に思ったが、考えてみればすぐにピンときて、その細い肩を宥めるように優しく叩く。
「大丈夫! 少しの間お借りするだけで、ちゃんと元の場所に戻してきますから!」
「そういう問題じゃないよ?! いい? 植物にはちゃんと適した環境が必要で――」
「ま、まあまあ。今回はミルクさんだって行かないようだから、落ち着いて…!」
「そうだよ! ……行かない、よね?」
 ミントチョコが慌ててハーブの肩を引き寄せながら、元の席へと促す。同時にテーブル席から走ってきた少年がミルク達の間に入り、こちらを見上げてくる。彼の顔が少し引き攣っているのは何故だろう。怪訝に思いつつも、ミルクは頷く。やはり明日までに用意するとなると、難しい。
「ですがお花が駄目なら、僕は一体どうすれば……」
「プレゼントに何がいいのか、ぼくが教えてあげる!」
 すっかり落胆したミルクを救い上げたのは、幼い声だった。声の方を振り返れば子ども用の椅子の上に立ったカスタード三世が、えへんと胸を張っている。その傍らではピンク色のフードを被った少女が「危ないし、ダメだって……」と困り果てている様子だ。
「困っている民をたすけるのも、王の役目――わー何するのー!」
「うるせーな、ムカつくからとっとと降りろ!」
 喋っている最中のカスタード三世の小さな体をひょいと持ち上げて、椅子から降ろしたのは紅イモだ。口ではああ言っているが、幼い仲間を心配しての行動だろう。ミルク同様、他のもの達もほっと胸を撫で下ろしている。そのまま店の主の元まで連行されたカスタード三世は大人達からたっぷり注意を受けたあと、とぼとぼミルクの方へ寄ってくる。
「ええっと、僕を助けてくれるんでしたね?」
 目線を合わせようとしゃがみ込むと、彼は満足げに頷いてみせた。
「そう! だってぼく、誕生日に何をもらったらうれしいか、知ってるもん!」
「知ってるって、おもちゃとか言い出すんじゃねーだろうな。あんなので喜ぶのはお前みたいなガキだけだぞ!」
「ちがうよ! ちゃんとみんなが喜ぶものだもん!」
「そのみんなが喜ぶもの、僕は知りたいなあ」
 カウンター近くの席に座り直した紅イモに水を差され頬を膨らませたカスタード三世だったが、ミルクが続きを促すと彼は声高らかに言い放つ。
「それはね〜……ケーキ! やっぱり誕生日には、おっきなケーキがないとね!」
「ケーキかあ! 確かにケーキがあったら、ボクもすごく嬉しいな!」
「そうでしょ〜! ね、とっておきのプレゼントだったでしょ?」
 同意を示した少年に強く頷き、彼はきらきらした大きな目をこちらに向けてくる。
「そうですね! ありがとう、助かりました」
 感謝の言葉を述べるとカスタード三世は目に見えて大喜びしたので、ミルクも笑顔になっていた。
 確かに、誕生日にケーキは欠かせない。当初想定していた特別な贈りものとは少し違うかもしれないが、きっとダークチョコも喜んでくれるだろう。おいしいと評判の店で彼がケーキを買っているのを見かけたこともあったし、ミルクがお裾分けしたのも食べてくれたから、嫌いではない筈だ。
「ケーキか〜。ケーキといえば、シュガーノームが作ったやつがおいしかったよなあ……まあブドウジュースが一番だけど」
「ええ、期間限定ショップだったのが悔やまれるおいしさでしたね」
 スパークリング達が話しているのは、今まさにミルクが思い浮かべたケーキ屋だ。ミルク自身何度か買いに走ったが、こちらのリクエストにも難なく応じてくれたうえ、味の方も申し分なかった。あれだけおいしいケーキ屋ならずっと開けていてほしいぐらいなのに、元々の予定どおりすぐに閉店となってしまったのだ。だがシュガーノーム達も何かと忙しいようなので、仕方がない。
 それでももしかしたら、ダークチョコの誕生日のことを知れば再び腕を振るってくれるのではないだろうか。そんな期待を胸に、いそいそと店を出ようとするミルクに声が掛かった。麻辣だ。彼女は残り少ないグラスの中身をストローで混ぜながら、喋り始める。
「アタイら麻辣族はみんなと違って、誕生日に甘いケーキを食べたりしないんだけどさ……あ、案外ケーキも悪くなかったけどね!」
 真っ赤なドリンクを勢いよくストローで吸い上げると、彼女は椅子を少し引いてミルクに向き直った。
「とびっきりカラくておいしい料理を、みんなで用意しあって盛大に祝うんだ! 形に残るプレゼントじゃないけど、アタイは毎年それが楽しみで――」
 辛いものではなかったが、故郷でもいつも出来るかぎりのごちそうを用意してもらっていたな、と思い出に浸りかけたミルクに麻辣が人差し指を向けてくる。
「ケーキ、ミルクが作ってみたらいいんじゃないかな?」
「え! 僕が、ケーキを……?」
 驚きに声を詰まらせるミルクをよそに、周囲は盛り上がった。
「それはグッドアイディアですね!」
「うん、プレゼントらしくっていいと思う。桜の木よりずっといいよ!」
「手作りケーキ…ちょっと嬉しいかも。……でも、難しそう」
 少女の小さな声に我に返ったミルクは、慌てて待ったを掛ける。そう、ケーキ作りは決して簡単にはいかないだろう。
「確かにいい話だとは思いますが……僕はその、お菓子作りはあんまり」
「シュガーノームとかに聞けばいけるって! ……多分!」
 応援するかのように麻辣がぐっと握りこぶしを作ってみせるが、ミルクは唸る。普段作っているような簡単な食事とはわけが違うことくらい、想像がつくからだ。しかも自分が食べるならまだしも、ダークチョコに食べてもらうケーキを作るだなんて。
 珍しく弱腰になるミルクの肩を、ぽんと叩くものがいた。
「明日までまだ時間もあるから大丈夫! 勇敢にいこう!!」
 有無を言わせない力強いその一言が、決定打となった。

 こうしてケーキを手作りすることになったが、やはり順風満帆とはいかなかった。
 シュガーノーム達や、よく菓子作りをするというシュークリームとサクラの手を借りて作り始めたのだが、失敗ばかりが続く。まずお菓子なパウダーはよくふるっておくようアドバイスされたものの、力加減が分からずたくさんこぼしてしまったし、試しに焼いてみたスポンジ生地は固くなってしまった。
 それをどうにかしようとシュークリームが魔法をかければ大変なことになり、そこへやってきたチェリーによってさらに騒ぎは大きくなってしまう。片づけ終え再びケーキ作りを再開するまでに、かなりの時間を要した。
 クリームの方も想像以上に難しく、泡立てすぎてもいけないらしい。何度も泡立て直す羽目になってしまった。辺りにはすっかり甘い匂いが充満し、ミルク自身ケーキになったような気持ちになってくる。
 ようやくそれなりのものが完成した時には、とうに夜は過ぎ去り、朝が迫っていた。これには体力に自信があったミルクも、心身共に疲れ果てていた。
 しかし今日は、あのダークチョコの誕生日。少しだけ仮眠をとると、元気を取り戻した。
 冷蔵庫を開ければ、そこにはケーキボックスが鎮座している。中に入っているのは、ミルクが心を込めて作ったホールケーキ。最初はうんと大きなものを作ろうと思っていたのだが、「このくらいの方が食べやすくていいと思います」とシュークリームに力説されたので、サイズは小さめだ。
 さて、一体これをいつ渡そうか。ケーキなら食事のあとの方がいいかもしれない。夜にはみんなでサプライズパーティを開く予定になっているから、その時だろうか。ミルクは時計とにらめっこを始める。まだ昼前だった。だけど、すぐにでもプレゼントを渡して、おめでとうと言いたくて堪らない。
 数分悩んだ末、ケーキを手に家を飛び出していた。頭の中ではもう何度もダークチョコにケーキを渡しては、微笑みを返してもらっているのだ。我慢なんて出来る筈がなかった。

* * *

「お誕生日おめでとうございます!」
 ドアが開かれた瞬間、ミルクは大きな声で言った。顔を出したダークチョコは目を丸くして驚いている様子である。
「よくオレの誕生日が分かったな」
「ダークチョコ様のお誕生日は、僕が暮らしていた村にも伝わってきましたからね!」
「そうか……」
 ダークチョコは少し複雑そうな顔つきになったものの、家の中に招き入れてくれた。ソファへ促されたがミルクは座らずに、体の後ろに隠すように回していた右手を彼に向けて差し出す。
「これ、プレゼントです…!」
 黙ったままケーキボックスを見ていたダークチョコは、しばらくすると表情を緩めて受け取ってくれた。
「わざわざオレの為に買ってきてくれたのか」
 箱の上面にある小窓から中身が分かったようだが、さすがに手作りだとは思っていないらしい。ミルクは迷いつつも、素直に話すことにした。どうせ開けてしまえば分かってしまうだろうし、隠す必要もない。
「あっいえ、買ったんじゃなくて……つ、作っちゃいました!」
「……何?」
 ケーキボックスと自分の顔とを見比べるように見遣るダークチョコに、ミルクの緊張は増してくる。それが伝わったらしく、改めて座るよう勧められた。大人しくソファに腰を掛けると、同じように向かいに座ったダークチョコはテーブルに置いたケーキボックスに目を落とす。
「開けてみてもいいか?」
「もちろんです!!」
 力強く頷くミルクを見て、彼は丁寧な手つきで箱を開いていく。そしてそのままトレイに載ったケーキを取り出した。
 二人の目前に現れたのは、まるいイチゴのショートケーキ。真ん中には祝いの言葉をったチョコプレートを載せてある。
 比較的ふんわりと焼き上がったものの平らにならなかったスポンジ生地は、シュガーノームのアドバイスどおりスライスしてクリームをふんだんに塗ってしまえば、意外と気にならなくなった。だけどそのデコレーションもまた苦労したのだ。
 まじまじとケーキを見られていると、段々恥ずかしくなってくる。ミルクは沈黙に耐えかねて口を開きかけたが、先にダークチョコが声を出した。
「よく出来ている……大変だっただろう」
 ふっと笑いかけられ、顔がかあっと熱くなる。想像していた笑みよりずっとやわらかなその表情に、ミルクは口をぱくばくと動かすのがやっとだった。
「さっそくいただいても構わないか?」
「は、はい!! 是非召し上がってください!」
 しどろもどろになりながらも応えると、ダークチョコが席を立つ。すぐそこのキッチンから食器や包丁を手に戻ってきた彼は、再びケーキを見下ろすと首を僅かに傾けて呟いた。
「切ってしまうのが勿体ないな。……このまま食べるか」
「ええっ…?! ワイルドなダークチョコ様も素敵です!!」
 ミルクが思い浮かべたのは、片手で掴んだホールケーキをそのまま口へと運ぶダークチョコの姿。本心からの言葉だったが、彼はというと眉をひそめてしまった。
「……まさか本気にされるとはな」
 長い息をひとつして、ダークチョコはケーキに包丁を入れる。綺麗に三等分にしたそれをひとつずつ、二枚の皿へ移していく。チョコプレートはトレイに残されたままのケーキに載せ直された。
 あれ、とミルクが違和感を覚えて間もなく、目の前にケーキが載った皿が置かれる。
「せっかく苦労して作ってくれたんだ、お前も食べるといい。オレ一人で食べてしまうのもな」
「ですが……いえ、分かりました。僕もいただきます!」
 一瞬遠慮しようとしたのだが、記憶を辿ってみれば自分の為に用意された特別な日のごちそうは、一人で食べるよりみんなと分け合って食べた方がおいしい気がした。ミルクは皿を引き寄せる。
 それでも最初のひとくちは、ダークチョコに味わってもらいたい。視線を向けるとその想いが伝わったのか、彼はフォークで小さくしたケーキを口に入れた。ドキドキしながら動向を見守る。
「…………」
 ひとくち分食べ終えた彼はケーキをじっと眺めたあと、同じように口に運んだ。
 おいしくて食べ続けているのか。……それとも、おいしくないから黙々と食べているのだろうか。気になったミルクは、自分でも食べてみることにした。一応スポンジの味は切れ端で確認していたし、クリームの方も味見している。それでも実際に完成したケーキを食べたわけではない。
 初めて作ったケーキの味は、そう悪くはなかった。けれどシュガーノームが作ったものを思い浮かべてしまうと、微妙ともいえる。あのケーキほどスポンジはしっとりしていないし、クリームも少し固い。こんなことなら、シュガーノーム達にお願いした方がずっと喜んでもらえたのでは。心の片隅にあった不安が、一気に膨れ上がっていく。
 ダークチョコの表情を確認するのが怖い。すっかり俯いてしまったミルクは、カチャリと小さく鳴った食器の音にもビクついてしまう。
「――不思議なものだな」
「え……?」
 どの想像からも大きく外れた言葉におそるおそる顔を上げてみれば、ダークチョコは空になった手元の皿を見下ろしていた。ミルクが不安に駆られていることにも気付いていない様子で、独り言のように喋り続けている。
「子どもの頃に食べたあのケーキとも、それを思い起こさせるシュガーノームのケーキとも、まったく違う味だというのに……」
 すっと顔を上げたダークチョコを見て、ミルクは息を呑む。
「胸の中があたたかくなった」
 その表情と同じように優しい声で告げられた言葉に、冷えきってしまいそうになっていた胸の奥から、じんわりとした熱が広がっていく。きっと今、ダークチョコもおんなじ気持ちなのだろう。
「喜んでもらえたなら良かったです!」
 いよいよ目頭まで熱くなってきて、ミルクは慌てて明るい声で言ってからケーキを頬張った。さっきよりずっと、おいしく感じる。
「いい食べっぷりだな。残りも分けるか?」
「いえ、それはダークチョコ様が食べちゃってください!」
 ケーキを食べ終えたミルクは、断りを入れてキッチンの方へ向かう。お湯を沸かし始めると、ダークチョコが慌てたように立ち上がったのが分かった。
「すまない。そういえば水すら出していなかったな」
「構いませんよ。紅茶でいいですよね?」
 目に見える位置にあった紅茶缶を手にテーブルの方を振り返ると、ダークチョコは苦々しい顔つきで頷いた。やってくるなりケーキを渡してしまったのはミルクの方だし、気にしていない。それどころか、飲み物のことすら気にならないほどケーキに夢中になってもらえて、嬉しいくらいだ。
 紅茶の用意をしながら、時折テーブルを振り返る。最後のひとつは紅茶と共に楽しむつもりなのか、ダークチョコはまだチョコプレートの載ったケーキに手をつけていないようだった。だけど皿の上のケーキを見つめる彼は、まるで好物を食べるのを待ちわびている子どものように思えて、ミルクはふふっと笑う。
 視線に気付いたらしい彼は不思議そうな顔でこちらを見つめ返してきたが、何でもないとミルクが頭を振ると首を傾げつつも話しかけてくる。
「祝われるなんて本当に久しぶりのことでな。言うのが遅くなってしまったんだが――」
 しっかりと体ごと向き直ったミルクは、やってきた感謝の言葉を笑顔で迎え入れた。ダークチョコも少し照れくさそうに笑っている。
 本当に作った甲斐があった。心からそう思った。
「あっ! そういえば、ろうそくを立てるのをすっかり忘れてました……!」
「これだけで充分だ」
 せっかくのお誕生日なのに。ミルクは口を尖らせながら紅茶を運ぶが、ダークチョコは意に介した様子はない。彼は紅茶をひとくちると、再度ケーキを食べ始めた。
 ソファに座り直した途端名案が浮かんで、ミルクは手を叩く。
「そうだ! バースデーソングはいかがですか? 実は僕、歌には結構自信が」
「これだけで充分だ」
 ダークチョコはついさっき聞いたばかりの返答を繰り返して、チョコプレートをかじった。もしかすると、恥ずかしいのかもしれない。
 まあいいか、とミルクは黙々とケーキを食べ進める彼を眺めて頬を緩める。
 夜はパーティだ。ろうそくも歌も、その時でいい。
 皆に祝福された彼は再び驚き、戸惑い、そしてまた、心から喜んでくれることだろう。
(by sakae)


END
(23-01-16初出)
シュガーノームのケーキ屋さんのダークチョコのセリフから生まれた妄想でした!

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