泣き虫と怒りんぼう

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「よくもまあ毎日毎日飽きもせず、泣いてられるよね」
 心底呆れたと言わんばかりに、シンクは言葉を吐き出す。
 任務の報告を終え執務室を出たところで、ばったり同僚の一人に出くわした。なるべく関わりたくない気持ちがある一方で、おどおどとした態度が気に食わず、ついちょっかいを出してしまったのだ。
 日頃から想い人の名を呟いては泣いてばかりいるその同僚は、今もまた涙を浮かべながらシンクのことを見上げてくる。
「だって」
 イオン様が、と続ける少女にシンクは舌を打った。いつものことながら彼女の口からその名前が出てくるたび、胸の奥から憤りが沸き上がってくる。
「またそれ? アンタ『イオン様』としか喋れないわけ?」
 馬鹿にしたように口元を歪めるシンクに、アリエッタはきゅっと眉を寄せる。
「そんなこと、ないっ。アリエッタ、いっぱいお話出来るんだから…! イオン様に、たくさん言葉を教えてもらったもん…!」
「へぇ。なら何か、別のことでも話してみなよ。今すぐにさあ」
「……」
 何を話そうかと悩んでいるらしいアリエッタは目を閉じ、抱きしめていた人形に顔を埋めるように俯いてしまった。思わず立ったまま眠ってしまったのではないか、とシンクが疑い始めた頃、ようやく彼女は顔を上げる。
「アリエッタは、アニスが嫌いです」
「……どうして」
 まったくもって興味はなかったが会話が成立しなくなるので、シンクは適当に相づちを打つ。しかし、アニスの名が出てきたということは――。
「アニス、アリエッタのイオン様を取っちゃうから」
「……アンタ、ボクを馬鹿にしてるでしょ」
 どうせこうなるだろうとは思っていた。しかしあまりにも早くその名が出てきたことに、シンクは仮面の下から冷ややかな目でアリエッタを見下ろす。結局彼女が話すのは、彼のことだけ。
「ち、違う、です! でも、でも、イオン様が……!」
「ハイハイそれは良かったね〜」
「あ……」
 元々良くなかったシンクの機嫌を、さらに損ねてしまったことに気付いたアリエッタは慌てるが、もう遅い。シンクはそっぽを向く。
「……すぐに怒ってばっかで、シンクはお子様です」
 もはや何を話しても相手にしようとしないシンクに、アリエッタは小さく悪態づく。どうやら彼女の方も腹が立ってきたらしい。その様子に、シンクはふんと鼻を鳴らす。
「いつもビービー泣いてるアンタにだけは言われたくないね。大体、どこからどう見てもアンタの方がお子様じゃないか」
「……! そんなことないもん! シンクの馬鹿っ」
 言ったそばから涙が浮かぶ薄紅色の瞳を、シンクはほら、と指差した。
「また泣いちゃってるし」
「シンクが意地悪言うからです……! 馬鹿馬鹿っ! 怒りんぼっ!」
「アンタがイライラさせるからだろ!」
 声を震わせながらもしっかり言い返してくるアリエッタに、シンクも声を荒らげる。すると、彼女は大きく肩をビクつかせた。
「……っ、シンクなんて、もう大っ嫌いなんだからぁ!」
 ついに声を上げて泣き出してしまったアリエッタが走り去ったその直後、すぐ側にある執務室のドアが静かに開かれる。
「今日はまた随分と派手に泣いたものだな」
 同僚の少女が向かった先を見遣りながら、やれやれと肩を竦めたのはリグレットだ。彼女とシンクが普通に顔を合わせたのは今しがたのことだった筈なのに、何となく気まずい。
「お前も毎日毎日飽きないな」
 冷たい印象の瞳がこちらを向く。その視線をかわすように、シンクは顔を背けた。
「うるさいな。……あの馬鹿が悪いんだよ」
「……そう」
 足早に立ち去る姿は、まるで逃げ出したようにも見える。その背中を、リグレットは黙って見送った。いつものことながら、ある意味微笑ましいとは思いつつも、彼女は深い溜息をつく。
「……どっちも、まだまだ子供ね」
 さて仕事を片づけてしまわなければ。リグレットもまた執務室に戻ることにした。バタンと小さな音を立ててドアが閉められると、廊下は本来の静けさを取り戻した。
(by sakae)


END
(08-10-28初出)

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