once again

※メリバっぽいかもなので大丈夫な方だけお読みください。


※無断転載・AI学習を固く禁じます。
 ぶつかり合う、剣と剣。甲高い金属音が周囲に響き渡っていた。アッシュは受け止めた剣を弾き返し、向き合う銀の鎧へ力任せに剣を突き立てる。呻きながら倒れた兵士が、一際大きな音を響かせた。
 しかしその間に背後にまわった一人が、アッシュに向けて大きく剣を振りかぶる。のところで身をかわしたアッシュは、側に落ちていた剣を拾い上げると、再び兵士が纏う鎧を赤く染め上げた。その手にある剣の元々の持ち主は、地面に転がったまま今も動かない。
「掛かれ!!」
 号令と同時にアッシュを取り囲むように、兵士達が四方から一斉に駆けてくる。彼らはみんなレプリカだ。オールドラントに生きる、誰かの複製品。
 一番近くにいたレプリカナイトに素早く攻撃を仕掛けたアッシュは、すぐ近くにまで迫っていた他の兵士を蹴り倒し、さらに別の敵へと斬りかかった。鳴り響く金属音に交じったいくつもの断末魔は、しかしアッシュの耳には届かない。
 ――約束しろ! 必ず生き残るって!
 聞こえたのは、この場にいない男の声。自分の複製品、レプリカルークが叫ぶように放った言葉だ。約束。彼はアッシュがもっとも嫌いな言葉を残していった。
 ――でないとナタリアも俺も……悲しむからな!
 何でてめぇが悲しむんだ、馬鹿じゃねぇのか。記憶の中の声に、アッシュは心の中で悪態づく。
 その時、正面から襲いかかってきたレプリカナイトは目にした筈だ。アッシュが僅かながらも笑みを浮かべていたのを。けれど哀れなレプリカは、次の瞬間には冷たい床に叩きつけられていた。
 やっぱりあいつは屑で、大馬鹿野郎だ。自分のことを憎み、蔑んでいた奴が死んだところで、普通悲しんだりするもんか。
 振り下ろされた剣を受け止めようと、使い慣れない剣を構え直したその時、アッシュは初めて自分の左腕が赤く染まっているのに気付く。敵の返り血かと思ったそれは、自身から流れ出ているものだった。いつも手袋で覆っている筈の腕は、いつの間にかそこを中心に肌が露出しており、ざっくりと斬られているのが嫌でも分かる。
 ぽたりと手袋を伝い、落ちていく赤。どうやら感覚が麻痺してきているようだ。今も避けきれなかった剣先が肩を引き裂いていったのにもかかわらず、痛みを感じることはなかった。バランスを崩してよろけながらも、しっかりと斬り返して敵の動きを止める。
 痛くはない。けれど体が重たく、息苦しい。
(俺は、ここで死ぬのか……?)
 おそらく死は、すぐそこまで迫ってきている。それでも不思議と恐怖は感じない。それはたとえここで生き残れたとしても、アッシュを迎えてくれるのは幼なじみの王女でも、ましてや己のレプリカでもない、避けようのない死の運命だからだろう。
 アッシュが初めて死というものを突きつけられたのは、アクゼリュスと共に滅びると預言に詠まれていることを知った時。数年後に迫った死は、恐ろしかった。嫌だった。もっと生きていたいと思った。だからが救いの道を示してくれた時、それに縋りついたのだ。
 預言を回避する為につくられた複製品。それがルークに成り代わるのは簡単だった。両親も幼なじみも使用人達も、誰一人として事実に気付くことはなかったのだ。そうして呆気なく〝ルーク・フォン・ファブレ〟としての生き方を失い、アッシュという別の人間として生きるより他なかった。
 だが結局は、レプリカが預言どおりアクゼリュスを滅ぼしてしまった。しかし本来そこで朽ちる筈だったアッシュも、そしてレプリカルークも、不様にも生き残ってしまう。
 それでも、死の運命から逃れることが出来たわけではなかった。大爆発という完全同位体の被験者とレプリカとの間にのみ起こる現象で、徐々にアッシュを構成する音素は乖離していき、近い未来に己のレプリカに吸収されて、消えてしまう宿命にある。
 なので今更死が少し早まるくらい、どうということはない。そんな状態だったからこそ、せめてもとレムの塔でレプリカ達と障気共々消えようと思っていたのに、邪魔をしたのはあのレプリカだった。
 本当に鬱陶しい野郎だ。俺から存在を奪っておいて、馬鹿で卑屈で臆病で、そのくせ自分が消えるだなんて言いやがって――! 過去と現実の状況に舌打ちしたアッシュは、同時に振るわれた二本の剣を薙ぎ払う。
 結局レムの塔でも死に損なってしまった二人は、剣を交えた。己の存在を賭けて。
 そうして勝利を掴みとったのは、レプリカ――ルークだった。アッシュは負けてしまったのだ。しかしそのおかげで、あんなにも認めたくなかった事実を、すんなりと認めることが出来た。
 ルークが己の付属物ではなく、一人の人間だということを。名は変わっても、居場所を奪われても、自分は昔から変わらずに自分だったということを。頭ではとっくに理解していたことを、ようやくふっ切ることが出来たのだ。
 たとえここで力尽きたとしても、悔いはない。やっと二人のルークの存在を認められたのだから。
 死ぬのは怖くない。改めてアッシュは、そう思う。足止めだってもう充分の筈だ。
 ならいっそのこと、今すぐとどめを刺された方が楽かもしれない。すでに体は、アッシュの思うように動いてはくれなかった。それでも剣を振るい続けているのは、大人しく殺されてなるものかという意地のせいか。それとも。再びアッシュの口元に笑みが浮かぶ。
 仕方ねぇな、屑。もしお前に追いつくことが出来たなら、その時は、力を貸してやってもいい。それから。
 背中を斬りつけてきたレプリカナイトを、振り向きざまに斬り上げる。
 ――それから、まだ俺に時間が残されているなら、話をしてやってもいいだろう。何だっていい。今ならお前のくだらない話だって、ゆっくり聞いてやる。
「お前らで、最後だ……!」
 金属音が途絶えた。アッシュの目の前にはもう、動くものは何もない。満身創痍ではあったが、確かに生きている。それにしたってひどい有様だと苦笑しつつも、アッシュは回線を繋ぐ。
「――聞こえるか、レプリカ」
 囁くように言葉を紡いだ彼は見た。ルークを通じて映り込む澄んだ青空と、自身の体から突き出す鈍く光った刃を。

* * *

 未来は覆されたと、星の記憶を有する者は言った。
 定められた未来なんてないんだ。第七音素のあたたかな光に包まれながら、ルークは満足げに笑う。預言は未来の選択肢のひとつに過ぎない。人は、自ら未来を選ぶことが出来る。そう信じて戦ってきたことが間違いではなかったと、確信する。
 星の記憶から外れた未来を育みながら、これからも人々は生きていくのだ。みんながつくる未来――ルークが思い描いたのは、大切な仲間達が幸せそうに笑っているところ。
 自分を生み出したフォミクリー技術の発案者である、マルクト皇帝の懐刀。大人顔負けの強い意志を持つ、今は亡き導師の守護役だった少女。復讐の対象であった筈の自分と、親友になってくれた青年。迷いながらも自分の存在を認めてくれた、幼なじみの王女。出会って以来いつも傍らにいてくれた、小さいけれど頼もしかったチーグル。変わると決めた自分を、いつも厳しくも優しく見守ってくれていた女性。それから、それから――。
 次から次へと知った顔が思い浮かんでは、消えていく。だが彼らを残してこの世界から消えてしまうのは、ルークの方だ。それを知っているくせに生きて帰ってきてほしいと、仲間達は言った。何て無茶な願いだと、思わずルークは苦笑する。
 けれど約束をしてしまった。生きて帰ると。もっと生きたい。またみんなに会いたいと、本気で思ったから。願ったから。それでも。
 ごめん。ルークは呟く。思い浮かべた仲間達の笑顔が揺らいだ。ローレライの解放で、力を使い果たしてしまった。きっと今すぐ消えてしまったとしても、おかしくない。だからもう、約束は守れないのだと知っている。
 帰りを待つと言ってくれた仲間達。本当に嬉しかったとルークは精一杯の笑顔で告げる。
「――ありがとう」
 決して届かないとは分かっていても、それだけは声に出したかった。形にしておきたかったのだ。そして目を閉じると、さよならと小さく続ける。
 約束したのに、俺って本当に駄目だよな……。
 ゆっくりと目を開いたルークは、今度は自身の腕の中へ目を向ける。自分と同じ顔、だけど、別の存在。ルークに身を預けたまま眠っている彼は、微動だにしない。彼もまた、自分と同じように約束を守れなかった人間だ。
 彼なら、アッシュなら、必ず生き残ってくれると思っていた。すぐに追いついてきて、文句を言いながらでも力を貸してくれるだろうと、ルークは本気で信じていたのだ。しかし彼は死んでしまった。もう文句のひとつすら言ってこない。動く筈のない彼の体が、僅かに震えている。不思議に思ったがすぐに気付く。震えているのは彼ではなく、ルークの方だと。
 何でお前まで死んじまうんだよ――そう言ってやるつもりだったのに、声はほとんど出なかった。限界が近いのかもしれない。
 お前まで死んで、一体誰があの家に戻るんだよ。胸に渦巻くのは深い悲しみと、怒りと、それから、安堵。本当は少しだけ嬉しかったのだ。ずっと一人ぼっちで終焉を迎えると思っていたから。
 もしアッシュがそれを知れば、怒るだろうか。それとも、情けないと呆れ果てるだろうか。いくら考えてみても分からなかった。自分ならばきっと怒りはしないだろうが、彼の考え方はよく分からなかったから。別の人間だから当然だった。
 ――お前のこと、知らないことだらけだよ。まだルーク・フォン・ファブレだった頃のことも。ダアトで過ごした七年間も。そしてこれから、何をしたかったのかも。ルークはそのほとんどを知らないままだ。
 アッシュの複製品ではなく一人の人間として自身を認められるようになってからは、被験者だとかレプリカだとかそういうのに関係なく、一人の人間として彼と向き合ってみたいとルークは思っていた。けれどそれを叶えるには、時間が足りなかった。
 一瞬、自分の足が透けたのを目にしてしまう。アッシュを抱く腕に力を込めようとするが、いつの間にか感覚がなくなっていた。それでも最後の瞬間まで、アッシュから手を離すつもりはない。せめて最後ぐらい、彼と共にありたかった。けど、出来ることなら、本当は――。
 意識が朦朧としてくる。限界なのだと、ルークは悟った。
 もう一度、お前と話がしたかった。ああ、でもやっぱり一度きりじゃ全然足りねぇよな、とルークは思い直して笑う。ちゃんと笑えている筈だ。
 もっとお前のこと、知りたかった。もっとみんなと一緒にいたかった。もっと生きていたかった。お前と一緒に、新しい世界を歩いてみたかった――。
 目映い光がルーク達を呑み込む。真っ白な世界の中、ルークの意識は遠のいていった。

* * *

 月夜に浮かぶエルドラントに、かつての面影はない。壊れた理想郷は、その主達の墓と成り果てた。
 故人に祈りを捧げるように、青年は長い間その瞳を閉じたままだ。ひんやりとした夜風になびく彼の長い赤髪を、月が煌々と照らし続けている。
 ようやくまぶたを開いた青年は、空を仰ぐ。その時、僅かにそれは聞こえた。翡翠色の瞳を瞬く。間違いない。青年はゆっくりと振り返った。しんしんと鳴く虫達の声に混じりながらも、それでもそれは青年の耳にくっきり入ってくる。
 懐かしい歌声――彼女の声だ。
 きっとみんなも一緒に違いない。不思議とそんな確信があって、青年は微笑む。
 行こうか。――約束を果たしに。
 月に背を向けて、青年は歩き出す。そのあとに続く足跡は一人分だけ。だが青年は、決して一人きりではなかった。
 みんなに会ったら、約束を果たしたら、また旅でもしようか。今度は、そうだな。二人で。
 声には出さない。それでも想いは伝わる。まだまだ知らないことだらけだけど、大丈夫。時間はたくさんあるから。
 一旦足を止めて自らを抱きしめるように体に両腕をまわすと、青年は幸せそうに笑った。
 ――だってもう、二度と俺達が離れることなんて、ないからさ。
 歩を進めるごとに歌声は近くなる。風が吹き上げ、長い赤髪とマントがふわりと夜空に舞う。
 歌声が止んだ。
 そして淡く光る花畑の中に、愛しい者達の姿を見つけた。
(by sakae)


END
(07-11-04初出)

送信中です

×

※コメントは最大3000文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!