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ぱちり、と唐突にはっきりと目を覚ました。何度かまばたきしてから薄暗い視界を確認した俺は、思わず大声で叫びそうになった。
「――ッ!?」
お、落ち着け、俺! どうにか悲鳴を上げるのを堪える。ああマジでビビった〜、危うく呼吸の仕方まで忘れそうになっちまった。
だけど目が覚めたらすぐ側に人がいて、しかもばっちり目が合ったとなったら、ぎょっとなるのは俺だけじゃない筈だ。それも、相手が自分と同じ顔をした人間なら尚更。
「お、お前なぁ起きてんなら起きてるって言えよ! 驚くだろ!」
「……俺だって今目が覚めたところだ。勝手に起きてきたてめぇが悪い」
やっと出てきた言葉を即座に撃ち落とされた……気がする。まだバクバク言ってる胸を片手で押さえながら、俺はゆっくりと上体を起こした。
「……あー、マジで心臓が止まるかと思った」
「ふん。この程度で止まりそうになるなんて、随分とヤワな心臓だな」
確かに、こんなくだらないことで心臓を止めたくない。……せっかくまた生きられるってのに。大きく息を吐き出す。
それにしても。何で起きてすぐ突っかかってくるんだよ、こいつは。いつも以上にむすっとして見える顔で、俺と同じように体を起こしたアッシュをじとりと見遣る。
髪の長さはともかく、顔だけならまるで鏡を覗き込んでるみたいに、俺そっくりの顔――正確には俺の方がそっくりなんだけど――が、下りた前髪のせいで余計に似てしまっている。似てるというか、元々は同じ筈なんだよな。
「何だ」
じっと見続けていると睨まれた。……うん。やっぱそんなに似てねぇかも。だって俺、こんなおっかねえ表情出来ねーよ。つい怖気づいてしまう。
「あ、いや、今何時かなって。……まだ暗いな」
手を伸ばしてカーテンを少しだけ引いてみたけど、外はまだ仄暗い。無言で差し出された……というより突きつけられた時計に目を遣れば、やっぱりまだ起きるには早い時間だった。
もうちょっと寝ようか。そう思ったものの目は冴えちまってるし、隣にいる人物がある意味気になり過ぎてしょうがない。
「お前、もうこのまま起きてるのか?」
「……さあな」
話しかけるとすっと顔を逸らされる。ああ、やっぱちょっと気まずい。寝る前はあんまり気にならなかったのは、疲れていたせいだろうか。思わず首を捻ってしまう。
それにしても、まさかアッシュと一緒に寝ることになるとは、夢にも思ってなかった。それも、同じベッドでなんて。
タタル渓谷で少し顔つきが変わった仲間達と再会してから、もう丸一日が経っていた。喜びも束の間、俺達二人はすぐさまベルケンドに連れていかれた。血中音素を始め、俺達の体が正常なのかどうかを調べる為だ。あの戦いから二年の月日が流れているのも、この時初めて知った。
多分半日以上は、いろんな検査をされていたと思う。仕方ないとはいえ、ものすごく疲れた。二人揃って異常なしの診断が出されても、晴れて自由の身とはならなかった。しばらくはゆっくりしておくようにとみんなに念を押され、半ば強引にバチカルまで連れてこられたのが昨日の夜のこと。……よく考えてみりゃあ、あいつら心配性過ぎねーか?
そして帰ってきた俺達を出迎えてくれたのは、父上と母上だった。夜遅かったのに、体の弱い母上も屋敷の外で待っててくれたのだ。
母上にぎゅっと抱きしめられた時は、ちょっと痛かったし結構恥ずかしかったけど、嬉しかった。きっとアッシュも同じ気持ちだったに違いない。だってあいつにしては、終始穏やかな顔をしてたから。話したいこともたくさんあったけど、「今日のところはひとまず体を休めなさい」と言ったのは、意外にも父上だ。優しい声だった。
伯父上達に会うのも朝になってから。ナタリアが妙に張り切ってたし、パーティーでも開くつもりかもしれない。そしたら、きっとまた疲れるな。でも嫌じゃなかった。
そうして二年ぶりに戻ってきた自分の部屋は、ずっと綺麗に掃除してくれてたらしい。きちんと整理されていた。
懐かしい部屋でいつものように眠る。ただし、アッシュも一緒だった。ちょっとびっくりしたけど元々ここは彼の部屋らしいから、アッシュからしてもここで寝るのが当然のことなんだろうな。
ただ、ベッドはひとつきりのままだったから困った。といっても充分広いから、二人で寝ても問題ない。お互い何も言わずに寝転がると、あっという間に眠りに落ちたのだった。
だけど改めてこの状況を考えてみりゃあ、違和感だらけだ。俺達が同じ部屋で二人きりってだけでも有り得ない。
それでも、これからはこれが当たり前になる。いやまぁずっと同室ってわけでもないだろうけど、ともかくここで、この屋敷で、アッシュと一緒に暮らしていくんだ。そう考えると仲良くまではいかなくても、話くらいまともに出来るようになりたい。だって、気まずいままなんて、俺は嫌だ。
けど、一体こいつと何を話したらいいんだ? よくよく考えてみると俺達は言い争いはしても、普通の会話らしい会話なんてしたことない気がする。延々とナタリアの話でもすればいいのか。それとも母上達のこと? 必死に話題を探す。
「なあアッシュ」
そもそも、〝アッシュ〟じゃなくて〝ルーク〟って呼んだ方がいいのかもしれない。母上達もそう呼んでいたし。でも俺もルークだから、周りが混乱しそうだ。……そういうことも含めて、これから考えていかなきゃならない。ともかく今は、すっかり呼び慣れてしまった方の名前が口から飛び出していた。
ぼんやりと自分の手を見ていたアッシュが、俺の声に反応して顔を上げる。特別不機嫌そうには見えなくて、俺はひっそりと胸を撫で下ろした。
「えっと、ほら、その……そうだ! おはよう!」
話しかけてみたのはいいとして、結局何を話すか決めていなかった。咄嗟に出てきたのは挨拶の一言のみだったけど、まあまあいいんじゃないだろうか。うん、だってこれからは毎日顔を合わせるんだから、挨拶は大事だ!
「何だ、急に」
目をぱちくりとさせたアッシュが、怪訝そうに俺を見る。……やっぱり不自然だったか。慌てて次の言葉を探す。
「べ、別に。……さっき言ってなかったから言ったんだ」
「……そうかよ」
そう言ってアッシュは溜息をひとつ漏らす。
……。………って、それだけかよ! 早々に会話が終わっちまったじゃねーか!
困った。さて次はどう話しかけてみようかと迷っているうちに、アッシュは再びベッドに横になってしまった。
うろたえている俺に背中を向けたアッシュが、一言だけ寄こす。
「もう少し寝る」
何だよ、結局寝んのかよ。人がせっかく頑張ってるのに……といっても、話題は見つからなかったけど。俺も寝ようかな。今するべきことも特に思い当たらねーし、うるさくしたら怒鳴られそうだしな。
お互いにぎりぎりまで離れ、背中を向け合う格好で寝転がった。
明日だ。そうだ、明日から頑張ろう! 焦る必要なんてないんだ。決意した俺は、目を閉じる。時計の音に耳を傾けているうちに、なくなったと思っていた眠気がすんなりやってくる。これならしっかり眠れそうだ。
「――おいレプリカ」
時計の音を遮ったのは、やっぱり相変わらずの呼び方。
もぞもぞと体ごと振り返ってみると、人を呼んだくせにアッシュは背を向けたままだった。失礼な奴だな。
「何だよ」
「…………おやすみ」
不機嫌そうな声が小さく告げる。
一瞬呆気に取られたあと、胸がすっとしていくのを感じた。
――お前もそれだけかよ。当たり前の一言なのに、何だか無性に嬉しかった。
「うん! おやすみ」
噛み殺せなかった笑いを含んだ声を、アッシュの背中にぶつける。もう返事はない。
朝になったら、またおはようから始めよう。それだけ決めてしまうと、少しだけアッシュに近寄った俺は、再びまぶたを下ろした。
(by sakae)
END
(13-04-22初出)
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