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おお! と本日の夕飯を目の前に、ルークはうまそうだと率直な感想を漏らした。先ほどまであった筈の不満はすっかりカレーの匂いに掻き消され、今ではあやふやなものとなってしまっている。
しかしそのカレーも元はといえば、ルーク自身が作ろうとしていたものだ。
目的のものが見つからないと、キノコロードの奥から一旦引き返してきた仲間達。疲れが滲み出ている彼らを気遣い、せめて夕飯ぐらい俺がとルークは意気込んでいた。さっそく料理を開始した彼の手際は相変わらずぎこちないもので、それを見慣れている仲間からしてみれば不器用な包丁さばきも含めて微笑ましく思っていたのだが、一人だけ例外がいた。
今回、珍しく行動を共にしているルークの被験者――アッシュである。
彼はルークのやることなすことに、いちいち口を出した。それはもう、ジェイドがやれやれと肩を竦めるくらいにはうるさかった。「野菜の洗い方が雑だ」から始まり、「何だその包丁の持ち方は」「もたもたするな!」などと、ついには「もういい俺がやる」とルークの手から包丁を奪い取ってしまう。ようやく一本と半分のニンジンを切り終えたところだった。
腹が立ったルークは当然包丁を取り返そうとしたものの、幼なじみの一人が困ったようにその柳眉をひそめ、さらにもう一人はといえば当のルーク以上に不満げな顔をしていることに気付いて、大人しく引き下がることにした。こんなことで、彼らの関係をこれ以上|拗らせたくない。
「良かったのか、ルーク」
焚き火を囲む仲間達の輪に戻ってきたルークに、ガイが訊ねた。少しだけ苦い顔をしながらも、ルークは笑みを返す。
「うん、まあ……よく考えてみりゃあ、あいつの手料理なんて滅多に食う機会もないしな」
そう言うと、確かにレアだよね~とアニスが同意を示したので、ガイも諦めたようにアッシュを一瞥しただけだ。
だが、ほっと胸を撫で下ろした矢先に「わたくしも何か手伝おうかしら」とナタリアが微笑み、悪気なく波乱を呼ぶものだからルークは慌てた。彼女は目に見えて張り切っていて、水を差すのも憚られる。
どうしたらいいんだ。目が合うと、それまで黙って成り行きを見守っていたティアがゆっくりと口を開いた。
「それだったらナタリア、一緒にサラダを作らない?」
ティアの提案に、目を輝かせたナタリアは胸の前で両手を合わせる。
「そうですわね。カレーにサラダは付き物ですもの! ――アッシュ! カレーの方は任せましたわ!」
一人離れて黙々とカレーを作っていたアッシュだったが、ナタリアに声を掛けられるとすぐに顔を上げ、心得たように頷いてみせた。任せろと言わんばかりの様子だ。
何だよ面白くねぇ、とルークは少しだけ口を尖らせる。もし言ったのが自分だったなら、すぐさま否定的な言葉が飛んできたに違いなかった。ふてくされていると、立ち上がったティアがそっと肩に手を乗せてくる。
「ルーク、あなたも手伝って。切ってお皿に盛りつけるだけだから、簡単よ」
彼女なりの気遣いに首を縦に振ると、ルークも重い腰を上げた。「ボクもお手伝いしますの~!」と短い手を上げた小さな仲間をついでに持ち上げて、ティアとナタリアと共にガイ達から少し離れた場所でサラダ作りを開始する。
「さて、我々は見張りでもしますかね」
「そうですね~大佐ぁ」
「……はは。頼りにしてるよ、二人共」
そんなやりとりを聞きながら、ルークはトマトを手に取った。付け合わせのサラダとはいえ、七人分(とミュウの分)なのでまずまずな量である。
七人分ものカレーを一人で作るのは、大変なんじゃないだろうか。そう考えて振り向いてみれば、自分と同じ色の目と視線がかち合った。ナタリアが心配でこちらを見ていたに違いないと思わず口元が緩みかけたが、素っ気なく顔を逸らされてしまってルークはむっとする。
――絶対に手伝ってなんかやらねぇ!
そう心に決めた瞬間、ひどい頭痛に見舞われ顔を歪める。
『よそ見してんじゃねぇよ。それから、レプリカなんぞの助けなんて必要ねえ!』
カチンときて思いっきり睨みつけてやったが、アッシュはもうこちらを見向きもしない。きょとんとした顔で自分を見上げるミュウに気付かなかったら、ルークは今にも声を張り上げていただろう。
――くそっ! これでカレーがまずかったら承知しねーからな!
どうにか怒りを抑え込もうと、心の中で叫ぶだけに留めた。
気を取り直して手にあるトマトと真剣に向き合うも、今度は不安が過ぎる。そもそもあいつ、ちゃんと料理出来んのかよ?
自分の被験者が案外手際よく料理を作れることを、ルークは知らなかったのだ。現に、それを知っている他の仲間達はそういった意味での心配はしていない。
ルークはそれからしばらくティアが見守る中、ナタリアと共に野菜を切り分けることに専念した。単純な作業とはいえ、ルーク達にとってはなかなか難しい役目である。
ティアに言われたものすべてを切り終え、それぞれの皿に取り分けるとルークは息をついた。そして思っていたよりも腹が減っていることに気付いて、食欲をそそるスパイシーな匂いに顔を綻ばせる。あっちも完成までもう少しといったところだろうか。
結局はアッシュの手作りカレーを楽しみにしているのを知られたくなくて、極力そっちに目を向けないようにしていたのだが、様子を見にきたアニスにあっさりとバレて、からかわれてしまった。食い意地が張っていると思われるなんて心外だとルークが怒るより、腹が鳴る方が早かった。決まりが悪く目を逸らせば、ティアまでくすくすと笑い始める。
彼女達と一緒になって楽しそうに跳ねるミュウを小突いていると、先にアッシュの元に向かっていたナタリアがルーク達を呼んだ。向こうも完成したらしい。
「アッシュ特製カレーですわ!」
集まってきたルーク達に向かって、ナタリアが誇らしげに告げる。しかし当の本人は居心地が悪そうに顔を背けている。そんな彼を茶化すジェイドとアニスの二人に呆れたように溜息をひとつしたティアは、ガイがライスを盛ったばかりの皿にカレーを掛けていく。ルークも、小皿に分けてあるサラダをそれぞれに配った。
アッシュの前にサラダを置くと、彼は微妙な面持ちでそれを見下ろした。不格好な野菜はルークとナタリア、どちらが切ったものなのか分からなくて、下手に文句も言えないのだろう。してやったりといったルークの笑みに気が付いた彼は、その鋭い視線をこちらに向けてくる。
ルークは慌ててアッシュから離れた。食事の時ぐらい平和に過ごしたい。
準備が整い、各々食事を始める。いただきます、と言い終えると同時にさっそくカレーを口にしたルークは、思わず目を見張った。
「うまい!」
見た目や匂いからして確かにおいしそうではあったが、もしかしたらという不安が拭い切れていなかったのだ。
「お前の腕と一緒にするな」
いい感想を口にしたにもかかわらず、憎まれ口を叩くアッシュには多少イラッとしたものの、ルークは上機嫌でカレーを食べ進めていく。入っている肉がチキンであることに気付くと、さらに嬉しくなった。
「ひょっとして、アッシュもチキン好きなのか?」
「…………」
ちらりとも視線を寄こさないアッシュは無言で食事を進めるだけだったが、代わりに彼の隣に座ったナタリアが肯定を口にする。
やっぱり一緒なのか。ルークは嬉しいようなそうでないような何ともいえない気持ちを吹き飛ばそうと、カレーを食べることだけに集中した。すると、隣で食べていたガイがこちらを見て笑う。
「おいおいルーク。アッシュ特製カレーがお気に召したのは分かったが、野菜も食えよ? 全然食べてないじゃないか」
うっ、と言葉に詰まったルークを見たジェイドが、眼鏡を光らせる。
「おや~? 手付かずのわりには、私の分より少なく見えますねぇ」
「あ~ホントだー! ルークってば、自分の分だけ少なくしたでしょ!」
わざわざ近くにやってきたアニスが、サラダ皿を覗き込んでくる。そのうえ左側からはティアが、その斜め向こうからはナタリアが、それぞれこちらの様子を伺っているのが分かった。そして、傍らでむしゃむしゃとサラダを頬張っていたミュウまでもが、ルークのことを見上げてくる。
「……悪かったよ。ちゃんと食うからさ」
ルークは渋々サラダに手をつける。ニンジンやキノコなど大の苦手とするものほどではないものの、生野菜全般があまり得意ではなかった。
ふと、アッシュはどうなのだろうと目を向けてみれば、馬鹿にしたような顔でこちらを見ている。サラダが盛りつけられていた筈の彼の小皿には、何も残っていない。すでに食べ終えたようだ。
面白くねーの。ルークはむすっとしたまま一気にサラダを食べ切ってしまうと、ミュウが褒めてくれた。褒めてくれたが、余計に複雑な気持ちになったルークは、微妙な面持ちでごくごくと水を流し込んだ。隣ではガイが苦笑している。
ニンジンが入ってなけりゃあ、もっといいのにな。そんなことを考えながらカレーをつついているうちに、違和感を覚えた。スプーンに載ったニンジンをまじまじと見つめる。それから、視線をゆっくり左へと移していく。
「何?」
首を傾げるティアを見て、ルークは確信した。彼女の料理は意外にも男らしく、肉も野菜も大雑把に切ったりと豪快だった。けれど、彼女が苦手とするニンジンだけは知らず知らずのうちか、他と比べて細かく切り揃えられていることが多い。
そして今食べているカレーも、極端にニンジンが小さかった。さっき食べた他より大きいニンジンは、おそらくルークが最初に切ったものがそのまま入っていたのだろう。
「……何だ」
「いや、別に」
にやつきそうになるのを必死に堪えながら視線を向ければ、アッシュが眉を寄せる。
何だよ、アッシュの奴もニンジンが嫌いなんじゃないか。そう考えたら、おかしくて堪らなくなったのだ。あとでナタリアに確かめてやろうと決めて、ルークは笑顔でカレーを頬張る。
だが残り僅かになったところで、再びその手が止まった。
「ルークって、いつも最後に好きなものを食べてるよね~」
最近、アニスに言われた言葉だ。自覚はなかったが、確かにその時最後に口に入れたのはエビだったし、今もスプーン一杯分のカレーに残っているのは、他より少し大きめのチキンだった。それ以外にも思い当たる節は、いくつもある。
ただし特に好物が入っていない時には、何故か苦手なものが残ってしまうことも多い。たとえば少し前に寄った街で食べたビーフシチューだと、最後まで残ったのはニンジンだった。同時にそれも指摘されて、よく見てるなぁとルークは感心したものである。
またもや彼女の言ったとおりになってしまい、少しくすぐったい気持ちで最後のひとくちを食べようとした時だった。楽しげな少女の声が耳に入ってくる。
「ふむふむ。アッシュも最後に好きなの取っとく派なんだぁ。なるほどね~!」
思わず顔を上げるといつの間に移動したのか、アッシュの隣で彼をからかうようにアニスが話しかけている。
それが煩わしいのか体の向きを変えたアッシュは「うるせぇ!」と怒鳴るように言ってから、最後のひとくちを口に入れた。水に手を伸ばそうとした彼と目が合う。彼は不機嫌を隠すことなく、キッとルークを睨みつけてくる。
「さっきから何だ! 言いたいことがあるなら、はっきり言え!」
「あー、じゃあ……とりあえず」
ほうけた顔をしていたルークはハッとして、スプーンを口に突っ込んだ。最後のひとくちは、やはり格別においしい。
もぐもぐと好物を味わいながら、空になった皿を目の前に掲げる。
「おかわり!」
(by sakae)
END
(11-06-30初出)
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