理由

※無断転載・AI学習を固く禁じます。
「あ」
 ショップに足を踏み入れた俺を出迎えたのは、短い声。先客がいたのだ。その表情は先ほどの声と同じように間抜けなものだったが、すぐにやわらかい笑みへと変化する。
「アッシュも買い物か?」
「……だったら悪いのか」
 微笑むその男とは反対に、俺はぶっきらぼうに答える。大体、ここに来る奴の大半の目的は普通に買い物だろう。いちいち訊ねなくとも分かる筈だ。現に男自身も、武器を見ている最中だった。
「別に悪いだなんて言ってないだろ」
 今度は苦笑か、気に食わねぇ。それでも相手にせず、道具が置いてある場所へと移動した。
 これで顔を見合わせなくて済むと思っていると、聞こえてきたのは吐息が漏れる音。それが溜息だったのか、再び苦笑したのかを知る必要はない。とにかく無視することにした。
 不足している道具を補充していく。あらかた終わったところで、うーん、とわざとらしい唸り声が背中をつついてくる。思わず振り返ってしまえば、まだ新しい武器を決めかねているらしく、先ほど見た時とは別の剣を手にして首を捻っている男の姿が目に入った。
 その様子に、俺の口からは盛大な溜息が漏れ出す。さっさと決めやがれ、でないと俺が剣を見られねぇだろうが。
 視線に気付いたのか男がこちらを振り向いた瞬間、俺は反射的に顔を背けていた。それでも一瞬だけ合ってしまったその目は、俺のものとよく似た、いや、おそらく同じ色をしている。
「なあアッシュ」
 俺を呼ぶ声も傍から聞けば、よく似ているらしい。……自分ではあまり分からないが。
 再度目を向けると、男は真顔でこちらを見ていた。こいつがこんな表情をするたびに、嫌でも自覚させられる。俺とこいつが同じ顔をしているのだと、鏡に映したかのようによく似た、双子の兄弟なのだと――。
「これとこれ、どっちがいいかな?」
 俺の苦々しい思いなど知る由もないその男は、二本の剣を見せつけるように持ち上げながら、くだらねぇことを訊ねてくる。馬鹿か、こいつは!
「そんなもん俺が知るか! 好きにしろ!」
 大声で言い返して、男に背を向ける。馬鹿馬鹿しい、時間を無駄にした。
 イライラしながらもどうにか機械にガルドを突っ込んで、必要な道具を購入していく。これでしばらくはアイテムに困らない筈だ。この際、剣は今度でいい。そのまま出て行こうとする俺を、しつこく男が呼び止めてくるものだから、キッと睨みつけてやる。
「何だ! お前の剣なんて俺はどっちでも、むしろどうだっていいんだ!」
「ああいや、剣はもう決めたよ。そうじゃなくて」
 男は俺の利き手とは逆の手で、自分の腰にある鞘に触れた。すでに剣は購入したらしい。迷っていたわりには、最後は意外とあっさり決めたようだ。
 元々俺の意見なんぞ、当てにしてなかったんだろう。だったら最初から訊かなければいいのに。俺はそう思うのだが、男の考えは違うらしい。
「お前さ、今日はもう何か依頼引き受けたのか?」
 まただ。予想どおりの展開に、頭痛がしてくる。
 最近は顔を合わすたびに、どうでもいいことばかりを訊ねてくるようになってしまった。この間なんて、朝に何を食べたかを訊いてきたくらいだ。本当にくだらねぇ。出会って間もない頃は、俺の顔を見るたびに俯いたり、困ったような表情ばかり浮かべていたくせに。
「……これからだ」
 短くそれだけ応える。今日はまだ予定を入れていない。アイテムが不足していたから先にここに来ただけだ。まあ依頼の内容によっては、また必要となる物もあるかもしれないが。
 すると突然、目の前に手が差し出される。当然、男の手だ。意図が分からず、ただその手を見つめるだけの俺に、男はさらに手を近づけてくる。
「だったらさ、もしアッシュさえ良けりゃあ、俺達と一緒に来ないか? あ、これからロイド達と出かける予定なんだ。えっと」
 薬草を取りに行くのだと、男は続けた。あのふざけた科学者――ジャニス・カーンのせいで世界樹が傷ついて以降、増えた依頼だ。各地で薬が不足しているらしい。主な原因は溢れ出した負の影響で急増した魔物が町や村を襲ったり、人々の心が荒んだ結果、争いごとが多くなったからだと考えられる。
 なので男達は今回、傷にも病にもよく効くと評判の薬草が採取出来る、サンゴの森に向かうことにしたのだという。
 サンゴの森。海の中を思わせるその光景が、脳裏を過ぎった。そうだ、あの時からだ。
 同じ血を引く俺達の一体どちらがファブレ家を継ぐ者に――ルーク・フォン・ファブレに相応しいのか決着をつける為、サンゴの森の瑠璃の間と呼ばれる場所で対峙した時には、もうこいつは俺をまっすぐ見るようになっていた。そして勝負がついてからは、積極的に話しかけてくるようにもなった。
「――ごめん! お前の都合も考えずに、我儘言っちまって」
「……?」
 俺の返答を待たずに、男が差し出していた手を引っ込める。わけが分からず顔を上げてから、ハッと気付いた。おそらく色々と思い返しているうちに、俺の表情は険しいものになっていたのだろう。嫌がっていると誤解してしまうのも無理はない。元々無愛想だとよく言われるくらいだ。
 男は沈んだ表情を必死に隠すように笑いながら、再び詫びの言葉を口にする。ぎこちないその作り笑いが、妙に腹立たしく感じた。
「おい、俺は……」
 言いかけて口を噤んだ俺を、不思議そうに男が見遣る。らしくねぇ。自分でもそう思う。
 馴れ合うつもりなんて、ない。この身に流れる血が同じだろうが、俺はもうファブレ家の人間ではなかった。こいつの替え玉として生きることも、とっくにやめている。
 言わば俺とこいつ――ルークは、他人も同然だ。だから、いや、たとえ今目の前にいるのがこいつじゃなかったとしても、必要以上に他人と馴れ合うつもりはない。俺がこいつらと――アドリビトムの連中と行動を共にしているのは、目的が同じだから。ただ、それだけだ。
 気を取り直すように息を深く吸い込んでから、俺は続きを発する。
「――行かない、なんて一言も言ってねぇよ。勝手に決めつけるな」
「……え?」
 ぽかんと目を見開いて、口まで開きっぱなしにしたルーク。本来俺と瓜ふたつな筈のその顔は、随分と間抜けだった。もはや、ムカつきもしないほどに。
「それで? お前は準備出来たのか」
 このまま放っておくとずっと固まっていそうな気がして、促した。ややあって、俺の言葉を理解したらしい。弾かれたようにルークが動き出す。
「!! すぐ、終わらせっからっ!」
 やはり馬鹿だ、こいつは。不覚にも込み上げてきた笑いは、呆れからくるものだ。
 馴れ合う気はない。だが力を貸すくらいなら、協力してやるくらいなら、いいだろう。目的が同じだから。理由なんて、ただそれだけなのだ。
「お待たせ!」
 ルークが戻ってくる。これで準備は整った。他の連中とは、ホールで落ち合うことになっているらしい。さっそく向かおうとするルークを、しかし今度は俺が引き止めた。
「少し待て」
「……? うん」
 きょとんと首を傾げるルークを置いて、部屋の奥に向かう。やはり武器を新しくしておこうと思い直したのだ。
 いくつかの剣を比べて、それほど重くない使いやすそうなものに決める。どこぞの誰かさんと違って、それほど時間は掛からなかった。
 新しい剣を鞘に収めて振り返ると、何故かルークがにやにやと笑みを浮かべている。何だ、気持ち悪い。
「おんなじだな!」
 そう言いながらルークが鞘から抜いた新品の剣は、たった今俺が購入したばかりのものと同じもの。
 元々得意とする得物が同じなのだから、別段珍しいことでもない。それでも嬉しそうに笑うこの男は、やはり馬鹿に違いなかった。
 だけどそんな馬鹿を見ても、段々腹が立たなくなってきている自分にも嫌気が差してくる。だからわざと大きく舌打ちして、ルークを残してさっさとショップを出た。
「……あ、おい! 待てって言ったのはそっちだろ!? 置いてくなっての!」
 すぐに追いついてきたその声が、艦内に大きく響き渡る。恥ずかしい奴め。きっと今振り返れば、へらへらと緩みきった顔と目が合うのだろう。
「一緒に行こう」
 手を引かれる。すぐ隣に並んだルークの表情は、想像どおりのものだった。
(by sakae)


END
(09-08-06初出)

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