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ふと目についたのは、ピンク色の何やらかわいらしい本。何故自分の部屋にこんなものがとルークは困惑したものの、本を開いた途端に懐かしさが込み上げてきて、その顔には笑みさえ浮かんだ。
「お前、そういうのが好き……なのか」
その様子を横目で見ていたアッシュが、訝しげに眉をひそめる。ルークが今手にしている本の表紙には、きらびやかなドレスを身に纏った、やはりきらびやかな少女――お姫様だ――の絵。
そう、この本はこのお姫様が主人公の物語。キムラスカのみならず、マルクトやダアトなど世界中の人々が知っているという、ポピュラーな話なのだ。しかし、あくまで女の子(それも小さな子)向けの物語である。それを手にして微笑んでいるルークに、つい哀れむような視線が向けられてしまうのも、仕方がないのかもしれない。
「や、俺の趣味じゃねーし! つーかこの本、ナタリアのだからな」
「ナタリアの」
納得したようにアッシュが頷く。本物のお姫様であるあの幼なじみは、昔からこういった物語が好きだったのだ。
「それで、どうしてお前の部屋にナタリアの本があるんだ?」
「ああ、ほら。俺がまだろくに字が読めなかった頃にさぁ」
ぱらりとページを捲るたびに、ルークは懐かしいと歓喜の声を上げる。
「母上とかガイとかメイドとか……とにかく誰かが毎日のように、俺に本を読んで聞かせてくれてたんだけどな。あいつも自分の本を持ってきて、読んでくれたんだよ」
適当に開いたページは、ちょうどナタリアが気に入っていたところだった。念願の再会を果たした王子様が、お姫様を迎えにくるというクライマックスシーン。時にナタリアは、何度も何度もこのシーンばかりを繰り返し読むこともあった。もしかしたら気の強いところがあるお姫様に、自分を重ねていたのかもしれない。
「これ、借りっぱなしだったんだなあ……。柄じゃないけどさ、字が読めるようになってからは何回か自分でも読んだんだぜ」
「そうか」
ふっと笑った筈のアッシュがどこか寂しそうに見えて、ルークは目を伏せる。――奪ってしまった。彼が、家族や大切な人達と過ごす筈だった時間を。
テーブルの上に本を置くと、アッシュの背に両腕をまわす。
「……? どうした」
「うん、その……奪っちまったかなあって」
彼からだけではない。ナタリアは待っていたのだ。記憶を失う以前のルークが――つまり、被験者ルークであるアッシュが、再び彼女の前に現れることを。
だってお姫様の目の前に、王子様は再び現れたではないか。お姫様の手を取ったではないか。けれどその王子様は今、自分の腕の中にいる。おかしな話だ。ルークは自嘲するように笑う。
「おい、お前――」
言葉を紡ごうとするくちびるに、自分のものを押し当てる。それは物語に出てくるようなロマンチックなものとはほど遠い、けれど長いキスだった。
しばらくしてから解放したアッシュが、諦めたように深々と息をつく。
「今度はどんな卑屈なことを考えてんのかは知らねぇが、気になるならちゃんと返しておけ」
「……うん」
そうする、とルークは小さく頷いた。明日になったら、あの本を返しにいこう。
だけどきっと、王子様だけは返してやれない。ごめん、ナタリア――。心の中で、幼なじみのお姫様に謝る。だって彼を手離すことなんて、もはや出来やしないのだ。アッシュの背にまわした腕に力を込め、さらにきつく抱きしめると、再びくちびるを重ねた。
(by sakae)
END
(08-10-28初出)
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