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「明日も会えっかな?」
背中に掛かったのは自分とよく似た声。
相手にする必要なんてない。これ以上、時間を無駄にするわけにはいかない。そう思うのに、アッシュは宿へと向かう筈だった足を動かせずにいた。
「もう遅いし、お前も宿取ってんだろ?」
「……ああ」
本当は今すぐにでも街を出たいところだったが、アルビオールの整備がまだ終わらないというのだから仕方がない。それならば休める時に休むまでだと早めに眠るつもりでいたのに、ばったりルークと会ってしまったせいでその予定も狂ってしまった。
頬を撫でる風はひんやりとしている。確か、あと三十分もすれば日付が変わってしまう筈だ。冗談じゃない。アッシュは舌打ちしたい気分だった。
「だったら、明日も会いたい」
それなのに何を勘違いしているのか、ルークの声は明るい。
――誰のせいでこんなに遅くなったと思ってやがるんだ!
そう怒鳴ってやるつもりで振り返ったのに、嬉しそうに笑っているルークと目が合うと、アッシュは言いかけた言葉を呑み込んでいた。
何をしているんだ、俺は。気を取り直すようにルークを睨みつける。
「会わねえよ、馬鹿」
「俺は会いたいよ」
吐き捨てると同時に腕を掴まれる。振りほどくのは簡単だった筈だ。それをしなかったのは単に面倒だったからで。だからもう相手になんかしてやるものかと、アッシュは再び背を向けた。自然と、ルークの手も離れていく。
宿が別だったのは幸いだったと思いながら、歩き始める。
「……あ、待てって!」
しかしすぐに回り込んできたルークに、またもや腕を取られてしまった。今度はかなり力が入っていて、痛い。それに何よりも、煩わしく感じる。
それでもどうしても突き放すことが出来ずに、代わりにアッシュは視線を逸らして無視を決め込むことにした。が、一向にルークが立ち去る気配はない。それどころか、尚もしつこく話しかけてくる。
「明日は」
意外にもしぶといルークに、仕方なくアッシュは口を開いた。自分とは対照的に、目の前の彼が楽しそうなのがどうも気に食わない。
「明日の朝、すぐにここを発つことになっている。お前なんぞに構っている暇はない」
「あ……そう、なのか」
途端にルークの表情は暗くなる。単純な野郎だ。今度こそ縋るような手を振り払い、アッシュは歩き出した。
イライラする。そんなに俺に会いたいのなら鏡でも見てろ、と言ってやれば良かったのかもしれない。どうせ同じ顔なのだから、と――。
「じゃ、じゃあさ!」
「ッ何しやがる!!」
ぐいっと肩を掴まれ、強引に後ろへ引き寄せられる。痛さに顔をしかめながら、アッシュはほとんど反射的にルークを睨みつけていた。
「明日、回線繋いできてくれよ!」
「……はぁ?」
「なっ? そうしよーぜ! 頭が痛くなんのは我慢するしさ!」
いいことを思いついたと言わんばかりに目を輝かせているルークが、しきりに同意を求めてくる。こっちは怒っているというのに、何なんだこいつは。呆気に取られたアッシュは、それ以上怒る気さえ失せてしまった。
「俺はお前に用なんてないぞ」
「いいよ、別に。用なんかなくっても」
溜息混じりの言葉だったにもかかわらず、ルークは笑顔で応える。
「お前の声が聞きたいだけだし」
「……」
そう言えば了承してもらえるとでも思っているのか、へらへらと笑っているルークにアッシュは閉口する。嫌ならさっさと断ればいいだけだと、自分でも思う。いや、そもそも彼に会った時点で相手になどしなければ良かったのだ。
――結局、ずるずると付き合う羽目になったのは自分のせいってわけか。意を決したアッシュは大きく息をして、ルークを見据える。
「……だったらついでだ。起こしてやる」
「え、それって!」
一瞬驚いたように目を見開いたルークは、すぐに満面の笑みを浮かべた。その様子に単純な野郎だ、と先ほどと同じ感想を抱きつつ、アッシュは思い出したように言葉を紡ぐ。
「――ああ、ちゃんと陽が昇る前には起こしてやるからな。安心しろ」
「えっ?!」
動きを止めたルークは、しばらく経ってから小さな声を出した。
「……ええっと、やっぱそこまでしてもらわなくても」
「何だ。何か不満でもあるのか」
「や、別にそういうわけじゃあ、ないんだけどさ……」
消え入りそうな声で否定だけすると、ルークは肩を落とした。これ以上続ければアッシュの機嫌を損ねてしまうと思ったのだろう。そして、その判断は間違っていない。アッシュはにやりと口元を歪めた。明日は叩き起こしてやる。
「決まりだな。とっとと寝やがれ」
それだけ告げると、アッシュは宿に向かうことにした。さすがにこれ以上はルークも追いかけてくる気配はない。
明日もルークの声を聞く羽目になってしまったのは、あくまであいつがうるさかったからだ、とアッシュは胸の奥で呟く。
――くそ、劣化レプリカめ! 忌々しい!
しかしそれほど不快に感じていないのも事実であり、悪態をついて誤魔化す。
その時、ふわりとした風が起こった。
「じゃあ、明日な!」
風と共に流れてきた声に振り返り、こちらに手を振る青年の姿を認めると、アッシュは足早にその場をあとにした。とりあえず今日はもう休もう。明日は早いのだ。
(by sakae)
END
(08-09-04初出)
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