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「なあ、この花何ていうんだ?」
「知るか」
指先で摘んだ小さな花には目もくれず、アッシュは即答する。ああ、かなり機嫌が悪そうだ。眉間のしわが深い。
――やっと会えたってのに。彼にばれないように、ルークはこっそり溜息を吐き出した。
「せっかく天気もいいのにさ……そんな顔してたら気分が台無しだぞ?」
「お前と会った時点で気分なんて最悪だっ!」
ひどい言われようだ。肩を竦めてみせると、今度はすぐさま突き刺さるような鋭い視線が飛んでくる。
怒ってる、怒ってる。口から漏れそうになった苦笑を、やはりルークは必死に噛み殺した。アッシュに知られては、彼の機嫌をさらに損ねてしまうに違いない。
「あ」
ぷちり。そんな小さな音がしたかと思えば、ルークの手は地面から花を引き抜いていた。
別に摘み取るつもりなんてなかったのに。困ったルークは助けを求めるようにアッシュを見上げるが、彼は呆れたように頭を振っただけだ。
諦めて手元に視線を落とす。小さいが、かわいらしい花だった。このまま地面にポイというのは、勿体ない気がする。それに。
花は、植物は、生きているのだと以前ペールが言っていたのを思い出す。生きて、人と同じように呼吸をしているのだと、確かにそう聞いた筈だ。
地面から引き離されてしまった哀れなこの花は、今も息をしているのだろうか。それを知る術など持っていないが、ルークにもひとつだけはっきりと分かることがある。
「――花、枯れちまうな……」
呟いた言葉はやわらかな風にすら掻き消されそうなほど、弱々しい。
――俺はこの花を……殺したことになるのかな。
ぼんやりと手の中を見つめる。花はまだ生気を失ったようには見えなかった。
「おいレプリカ」
思いのほか近い声に驚いて顔を上げれば、すぐ目の前にアッシュが立っていた。いつの間に移動したんだろう。ぼうっと見上げていると、ルークは頭を小突かれた。
「な、何すんだよ…!」
「暗い顔してんじゃねぇよ。鬱陶しい」
「……ごめん」
それ以上は何も言えず、口を閉ざしてうなだれた。そんなルークの様子に余計腹が立ったのか、アッシュの舌打ちが聞こえてくる。きっと彼は己のレプリカが考えていることなんて、容易に見抜いてしまっているだろう。確証はないが、ルークにはそう思えた。
落ち込んだところで何かが変わるわけではない。自分でもちゃんと分かっているのだ。それでも。
「台無し……だろう。そんな顔、してたら」
言いにくそうに、途中何度も声を詰まらせながら言葉を紡ぐアッシュに、ルークは戸惑った顔のまま視線を向けた。ぎこちない物言いは彼らしくない。
自分でも焦れったいようで、アッシュは気を取り直すように咳払いをする。それで吹っ切れたのか、今度ははっきりとした口調で言い直した。
「お前がそんな顔してたら、せっかくの気分が台無しだろうが」
しばらくの間、ルークは大きく目を開いたままアッシュの顔を見つめていたが、やがて目を細める。
「――そう、だな。せっかくお前に会えたんだしな!」
言いながらアッシュの腕を掴み、少々強引ながらも同じようにしゃがみ込ませると、彼の髪へ手を伸ばした。真紅の髪に小さな花を咲かせる。
「……何のつもりだ」
「プレゼント」
ルークはへらりと笑って言ってのける。アッシュは髪に差し込まれた花をすぐに引き抜きこそしなかったものの、こちらをキッと睨みつけてくる。
「馬鹿か、お前は」
「何で? かわいいじゃん……っ!」
かわいらしい花とはとても不釣り合いなしかめ面に、とうとうルークは堪えきれずに吹き出してしまった。当然、それを見たアッシュの機嫌を大きく損ねることとなる。
「てめぇ頭の中身は花畑かよ! この屑ッ!!」
「うわっ、いてえって!」
振り下ろされる拳を必死に防ぎながらも、ルークは笑う。
摘み取られた小さな花は、風に流れる紅の中で静かに咲き誇っていた。
(by sakae)
END
(08-04-03初出)
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