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「アッシュ―!」
後方から聞こえてきた声に、隣を歩いていた彼は不愉快そうに眉をひそめる。そのまま立ち止まる気配のない彼に代わって、振り返ったおいらの視線の先にあったのは、彼と瓜ふたつの顔。
「……ああ、ルークさん。お久しぶりです!」
普段アッシュさんの不機嫌そうな顔ばかり見ているせいか、よく似た顔が満面の笑みを浮かべているのは何だか慣れない。……お世話になっておいて、失礼かもしれないけど。
街を行き交う人々の邪魔にならないよう小さく手を振ると、ルークさんは同じように手を振り返してから、こっちに駆け寄ってくる。
「久しぶりだな、ギンジ! ……って、待てよアッシュ!」
目の前に立ち止まったのも束の間、ルークさんは先を行くアッシュさんの背中にしがみつくように、抱きついた。
「……! てめっ、離せ!」
「やだ! 離したらお前、逃げるだろ」
「当たり前だろうが! ふざけんなっ」
引き剥がそうとするアッシュさんと、剥がされまいとしているルークさん。二人共必死だ。それは分かる。でも……。
本人達からすれば真剣な攻防戦かもしれないけど、傍から見れば双子の兄弟がじゃれ合っているようにしか見えない、と思う。それはおいらの勘違いではなかったようで、近くを通る人達から時折笑い声が聞こえてくる。……微笑ましそうに見物しているお婆さんまでいたのには、さすがに驚いたけど。
「あの、二人共そろそろ……」
二人に近づいて声を掛けると、ようやく状況を把握したのかアッシュさんは小声でルークさんに告げる。
「……ッどこにも行かねぇから、とりあえず離れろ。今すぐに!」
「ホントか!」
嬉しそうに応じるルークさんとは対照的に、アッシュさんの眉間のしわは深い。
「……とりあえず、どこかに入りましょうか?」
このままここで立ち話というのも、気まずいんじゃないかな?
まあ、ルークさんは気にしてないみたいだけど。それでもおいらの提案に賛同したのは、ルークさんだった。
「そうしようぜ! 俺、ちょうど腹減ってんだ」
「本当ですか、実はおいらもなんですよ~。それじゃあ何か食べに行きましょう! 二人共何か食べたい物とかあります? おいらは――」
「何でもいいっ!」
だからさっさとここを離れるぞ! そう言って足早に歩き出したアッシュさんのあとを、ルークさんが小走りで追いかける。
「なあなあ。俺、あの店が気になってんだけど」
「うるせぇ。だったら勝手に行ってこい!」
「えー! さっき何でもいいって言ったのはお前だろ? なあ、アッシュー!」
再び騒ぎ始める二人の背中を見ながら、おいらは思う。この分じゃあどこに行っても、あんまり状況は変わらなさそうだなあ、と。
「そういえばさぁ」
ルークさんはそう前置きしながら、ぶすりとフォークで突き刺した唐揚げを頬張る。
結局、おいら達は街の中心部から離れた場所にある店に入っていた。昼には遅いし、夕飯にはまだ早いような時間帯だったからか、お客さんはまばらだ。
「どーひへあっふたひは……いっ?!」
ごんっ。もごもごと何を言っているのかさっぱりなルークさんの頭を、アッシュさんが叩いた。ちなみに二人は隣同士だ(アッシュさんが嫌がっているのを無視して、ルークさんが隣に座ったから)。
叩かれた衝撃で危うく口の中身が飛び出しそうになったのを、どうにか飲み込んだ様子のルークさんが涙目で元凶を睨みつける。見た目以上に痛かったようだ。アッシュさんは、容赦ないからなあ。
「何すんだよっアッシュ!」
「口に物を入れたまま喋るのが悪い」
確かにそれは、行儀いいとはいえない。だけど食事中の人に衝撃を与えるのも、良くないと思う。口には出さなかったものの目はしっかりと訴えていたようで、目が合ったアッシュさんに睨まれてしまった。あわわ!
「えーっと、ルークさん? さっきは何を」
鋭い視線から目を逸らして訊ねると、再び料理を口に運ぼうとしていたルークさんが、その手を止めて顔を上げる。
「ああ、何でアッシュ達もこの街にいるのかなって思ってさ」
「別に何だっていいだろう。お前には関係ねぇよ」
単に足りなくなった物を買いにきただけなんだから、答えてあげてもいいのに。アッシュさんはルークさんを相手にせず、紅茶の入ったカップに口をつけた。
ルークさん、気を悪くしたんじゃ……。そう思って目を向けてみたけど、意外に気にしている素振りはない。それどころか。
「隠すってことはアレだよな!」
「? 何だ」
意味ありげな笑みを浮かべるルークさんを、アッシュさんが訝しそうに見遣る。
「わざわざ俺に会いにきてくれたってことだろ!」
「はぁ?!」
店内にアッシュさんの声が響き渡る。お客さん達の注目を集めたことは、言うまでもない。ゴホンと店長らしき人の咳払いに我に返った様子のアッシュさんは、声を潜めつつもルークさんの胸ぐらを掴んで詰め寄った。
「何でそうなる! てめぇは一体どんな頭してんだ」
「え? だって恥ずかしいから隠したんじゃねーのか?」
「……ッ!!」
「アッシュさん、アッシュさん! 店内ですよ〜店内!」
今にも殴りかかりそうな勢いのアッシュさんを、何とか宥めようとおいらは必死に声を掛け続ける。
「~~ってえ!」
突然ルークさんが気の抜けた声を上げたかと思えば、足を押さえた。どうやらアッシュさんに足を蹴られたか、踏みつけられてしまったみたいだ。
宥めた効果はあったのかなかったのかはよく分からないけど、それほどの被害ではなかったことにおいらはほっとする。
「ほら二人共、せっかくの料理が冷めちゃいますよ?」
「そうだよっ。メシメシ!」
気を取り直しておいらがそう言えば、足の痛みなんて忘れてしまったかのように、ルークさんは勢いよくサンドイッチにかぶりついた。
「……ったく。どこのガキだ」
呆れたようにアッシュさんが呟く。もう怒ってないようだ。ああ良かった。ようやくこのテーブルも、和やかな雰囲気に包まれる。
おいらも安心して、タマゴとコーンのスープをひとくち。運ばれてすぐの時には熱すぎてほとんど味わえなかったけど、今はほど良いあたたかさになっていた。まろやかな味が、口の中いっぱいに広がる。
「このスープ、おいしいですね」
自然と口から出てきた言葉に、同じものを頼んでいた二人が同時に頷く。
「うん、うまいよな!」
「まずくはないな」
同じタイミングで言ったのは、似たような意味合いの、けれど別々の言葉だ。顔を見合わせてルークさんは嬉しそうに笑い、アッシュさんはやれやれと肩を竦めた。
外見と同じように似たところがある二人だけど、やっぱり違うところもあるんだなあ。何だか面白い。思わず頬が緩んでしまう。
「おいギンジ。何がおかしい?」
あ、またアッシュさんに睨まれてしまった。
「え? やだなあ、別に何もおかしくないですよ!」
「…………」
納得いかないのか、おいらを見るアッシュさんはジト目のままだ。
でもおいらは本当のことしか言ってない。だっておかしいんじゃなくて、微笑ましいから。
だけどそれを伝えたところでアッシュさんは絶対怒るだろうから、適当に笑って誤魔化しておいた。
「――あ、ルークさん」
「んぁ?」
そういえばルークさんの仲間や、ノエルはどこにいるんだろうか。訊ねかけた言葉は途中で止まってしまう。
不思議そうにおいらを見つめる翡翠の双眼の下、鼻よりもさらに下に目がいく。口のまわりに、目立つ食べかすがついているのだ。
「ここ、ついてますよ」
自分の口元を指して教えてあげると、反射的にルークさんが押さえたのは逆の方。
「ああ、そっちじゃなくて――」
ふふ、本当に子供みたいだなあ。ノエルが小さかった頃を思い出して、つい保護者気分になりかけのおいらが手を伸ばすのより早く、ルークさんの頬を掴む手があった。
「いてっ」
「お前は本当に、世話の掛かる野郎だな」
ぐいっと少し強引にルークさんの顔を自分の方に向けたアッシュさんが、溜息混じりに言う。
「ほら、取れたぞ。……もう少し落ち着いて食え」
口元を拭ってあげたアッシュさんの声音は、意外にも優しいものだった。てっきり怒るかと思っていたから、びっくりした。ルークさんもおいらと同じ気持ちだったのか、驚いたように目を丸くしている。
何だ、とアッシュさんが不思議そうに首を傾げるのを見て、ルークさんはやんわりと首を振って笑った。
「別に! ただ……お前にも食いかすつかねーかなって思っただけだ」
そしたら今度は俺が取ってやるのに、と続けたルークさんに、大きな溜息をつくアッシュさん。
それが何だかおかしくて、思わずおいらが吹き出してしまうと、ルークさんも釣られるように声を上げて笑った。
「……何なんだ、お前らは」
笑われるなんて心外だと言わんばかりに、アッシュさんが眉を寄せる。
「何でもないです…っ!」
おいらは必死に笑いを堪える。本当に、見てて飽きない人達だ。そう思ったけど、内緒にしておこう。きっとまた、怒られてしまうから。
「今日は楽しかったですね~」
先を進む背中に笑いかければ、門を通り抜けて一足先に街の外に出たばかりのアッシュさんが振り向く。随分と疲れた表情だ。
「どこがだ! どう考えても厄日だろう。あの馬鹿のせいで、予定も狂った」
そう言って彼が仰いだ空は、もうすっかりと暗くなっていた。
「あはは、本当ならすぐ出発の予定でしたもんね! けどせっかくだし、一緒に泊まってくれば良かったじゃないですか」
食事のあと、ルークさんに連れられてノエル達とも合流した。ルークさんが仲間からはぐれてしまったとかではなくて、元々別行動していたらしい。
今夜はもう遅いからと、ついさっきまでルークさんやナタリア様に引き止められていたけど、アッシュさんはそれを振り払ってきたのだ。たまにはゆっくりすればいいのにとは、おいらも常々思ってる。
「冗談じゃねぇ!」
アッシュさんはそう吐き捨てると、ずかずかと大股で進んでいく。街から少し離れた場所に置いてある、アルビオールに乗り込む為だ。
「……何だかんだでアッシュさんも、楽しそうにしてたと思うんだけどなぁ」
独り言を言い終えた途端にアッシュさんが足を止めて、こっちを振り返った。一瞬、聞こえてしまったのかと焦ったけど、どうやら違うらしい。
「おい早く来い! ……こうなったのは、お前のせいもあるからな。徹夜でも何でもして、きっちり予定どおりに飛んでもらうぞ」
「ええー! たまにはゆっくりさせてくださいよ~」
「うるせぇ!」
抗議も虚しく、彼はずんずん先に行ってしまう。あーあ、今夜は本当に寝かせてもらえないかもしれない。
――やれやれ、仕方ないなあ。吐き出した息が溶け込んでいった夜空では、平和そうに星達が瞬いていた。
(by sakae)
END
(08-01-14初出)
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