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近づく気配と足音に重たいまぶたを開くと、目に映ったのは暗闇。つまりはほとんど何も見えなかったわけだが、向こうは俺が目を開けたことにしっかり気付いたらしく、大きな声を上げた。
「うわっ! 何だよっ、お前起きてたのか!」
「……眠っていたぞ。ついさっきまではな」
暗闇に慣れてきた視界にうっすらと映り込んだのは、やはりルークだった。声同様に情けない面になっている。……いつものことか。
「……起こした、よな。ごめん」
しゅんと肩を落としているであろうルークには目を向けずに、俺は枕元に置いてある時計で時間を確認した。短針は二を指している。もちろん俺が昼過ぎまで寝過ごしてしまったのではなく、深夜の二時だ。
「こんな時間に何の用だ」
緊迫した雰囲気はなく、何か大事があったわけではなさそうだ。体を起こしランプを点灯させて視線を投げかけると、ルークは何故か慌てた様子で左手を背中に回した。……どう見ても、何か隠したようにしか思えん。
「おい」
「な、何だよ! 俺、別に何も持ってないからなっ!」
問いただしてやろうと口を開いたが、言い終えないうちに右手をぶんぶんと振りながら全力で否定される。何て分かりやすい野郎なんだ。これが俺のレプリカ、か……。こいつを自分なのだと言い張っていた時期があったと思うと、恥ずかしくなってくる。
まあこいつらしい、と言えばこいつらしいが。
「で? 何を隠した」
「…………」
俺達は無言で見つめ合う……いや、睨み合った。当然、先に折れたのはルークの方だ。うう〜、と唸るような声を出して頭を掻きむしると、観念したのか左手を俺へと突き出してくる。
「何だそれは」
その手には箱――ご丁寧に綺麗な紙とリボンでラッピングまでしてあるからプレゼントだろう――があった。
「お前に」
ぐいっと胸に押しつけられた箱を受け取った。思ったより重みがある。よく見れば十字掛けされているリボンはズレていたし、包装紙にはしわがついている。
ちらりと見上げると、ルークは赤くなった顔を慌てて背けた。照れているところを見るに、どうやらこれはこいつ自身がラッピングしたらしい。仕方ねぇ、雑なのは目を瞑ってやるか。
「今開けてもいいのか」
ああ別にと、返ってきたのは意外と素っ気ない返事だったが、ちらちらとこちらを伺っている様子からして、俺の反応が気になるようだ。ガキめ。
ともかく了承は得たので、俺はプレゼントを開けることにした。そっぽを向いてしまっている赤いリボンを解いて、包装紙を剥がしていく。破った方が手っ取り早いだろうが、不器用なりにこいつも頑張ったのだ。破ることなく剥がし終えた紙を畳み、リボンと一緒に枕元に置く。
箱を開くと妙に重たい理由が分かった。中には、箱とほとんど変わらない大きさの本が収められていたのだ。それも、創世暦時代の出来事が記されているという、希少価値の高い書物だ。一度は読んでみたかったが、正直本当に手に入るとは思っていなかった。
「それ、確か前に読みたがってたやつだよな? 頼んで取り寄せてもらったんだ!」
前にあの死霊使いが所有している可能性も考えたが、奴に借りを作るのが癪で、結局諦めたことがあった。それをルークの前でぼやいた記憶は確かにあったが、まさか覚えていたとは。これには素直に感心する。
「よく手に入ったな」
「ああ。読み飽きたからってジェイドが譲ってくれてさー、助かった助かった!」
――それは取り寄せたとは言わねぇだろうが!
だが、いくらあの陰険ロン毛眼鏡の読み古しだろうが何だろうが、欲しかった物には変わりない。喉まで出かけた文句を我慢して飲み込む。
「……あ、ひょっとして読みたかったやつとは違ったか?」
しかし顔にはしっかりと出ていたらしく、誤解させてしまったようだ。不安げに揺れる翠の瞳が顔を覗き込んでくる。
「そんなんじゃねぇ。お前にしては上出来だ」
「……何だよそれ。まあ、喜んでくれてるなら構わねぇけどさ」
「それで」
さっそく本に目を通したいところではあったが、ひとつ気になっていたことを訊ねる。
「どうして急に俺にプレゼントを? 特別なことでもあったか?」
そのことが不思議で堪らなかった。やはりこれは、どう見たってプレゼントだろう。だが明日――いや、もう今日になるのか――は別に俺の誕生日でもないし、特に何かの記念日でもなかった筈だ。なのに何故?
これが〝明日〟や〝明後日〟ならまだ分かるが、どうしてまた中途半端な日に。
「何だよアッシュ。忘れちまったのか?」
ルークが得意げに胸を張って続ける。
「明日は……いや、もう今日だな! 今日はクリスマスなんだぜ!」
「……」
改めて頭の中で今日の日付を確認すると納得がいった。ああ何だ、こいつは……。
「クリスマスなら明後日だぞ」
「……へ?」
ぽかんと口を開けたままのルークが、俺を凝視する。
「当然だが、クリスマスイブは明日だ」
追い打ちをかけてやる(といっても、ただ事実を述べているに過ぎないが)と、ルークは冗談だろうとぎこちない笑みを浮かべて、縋るように俺を見る。どんなに縋ったところで現実は変わりはしない。忘れているのは俺じゃなくて、お前の方だ。視線だけでそう告げる。
「え、えっと? あれ、俺……もしかして」
「ああ、てめぇの勘違いだ。馬鹿め」
「……マジかよ」
今度は先ほどまでとは比べものにならないくらいに、ルークはがっくりと肩を落とす。よほど無念だったのか、すごい落ち込みようだ。
「お前の馬鹿は今に始まったことじゃないだろう。いちいち暗くなってんじゃねぇよ」
さすがに哀れに思えて慰めの言葉をくれてやったが、効果はない。むしろ逆効果だったようで、ルークはさらにうなだれてしまった。
「どーせ馬鹿だよ。日にちは間違えるし、アッシュのことも起こしちまうしさ。俺なんて」
「そういえば、わざわざ夜中に部屋に忍び込む必要があったのか。起きてから渡せばいいものを」
卑屈モードに入りかけているルークの言葉を遮り、再び疑問を口にする。
「クリスマスの朝、枕元にプレゼントがあったら嬉しいだろ? それだけの理由だよ。……まあどっちにしろ、間違えちまったから意味ないんだけどな」
ふてくされたようにルークが言い放つ。なるほど。ガキらしい思考回路だと、思わず感心してしまう。
「だったらこれは、一旦返した方がいいのか?」
「だー! 返さなくていいっての!! あ〜もう! 寝るっ!」
貰ったばかりの分厚い本の表紙を指で叩くと、完全に拗ねてしまったらしい。バッと背を向けたルークは、ずんずんと大股でドアの方に向かっていく。
「おい」
呼び止めると少しだけだが顔をこちらに向けたので、俺はそのまま続ける。
「……一応礼を言っておく」
途端に、不機嫌そうだったルークの表情が緩む。単純な野郎だ。
「へへっ! 俺もアッシュからのプレゼント、期待してるからな!」
「ハッ! 誰がやるなんて言ったんだ、屑」
そう告げたのに、嬉しそうに笑ったルークは片手を軽く振る。
「じゃあな! おやすみ、アッシュ」
「……ああ」
ドアの外へと消えていく背中を見送った。
騒がしいのがいなくなって夜の静けさを取り戻した部屋の中で、秒針が時を刻む音が大きく響いている。
畳んで置いていた包装紙とリボンを書物と共に箱に収めると、それを手にベッドから降りた。部屋の隅にある机の引き出しのひとつを開け、そこにプレゼントをしまう。読むのは起きてからにするつもりだ。
貰ったプレゼントの代わりに、引き出しの中からもうひとつの箱を取り出した。ルークに比べれば、大分綺麗に包めている。俺は、あいつほど不器用じゃないからな。
箱と、それと同じ場所にしまっていたリボンを片手に、ベッドに戻って座った。
リボンなんて必要ないと思うが、せっかくナタリアから貰ったんだ。使わないのも勿体ない。心の中で言い訳しながら箱に宛てがい、結んでいく。それは、あいつの髪と同じ色をしていた。
いかにもプレゼントといった仕上がりになって、つい苦笑を漏らす。
「本当に馬鹿だな」
あいつも、そして俺も――。ふと窓に目を遣ると、僅かに開いていたカーテンの隙間から見えた光景が、いつもと違うような気がして近寄ってみる。
窓の外では、バチカルでは珍しい雪がちらついていた。もしかしたら今年はホワイトクリスマスになるのかもしれない。ナタリアなら喜ぶだろうか。だけど俺は、別にどっちでも良かった。ただ――。
リボンを掛けた箱を元の場所へ戻すと、さっさとベッドに潜り込む。もう一度、今度は朝まで眠るつもりだ。
――早くクリスマスになればいい。そんなガキみたいなことを思いながら、目を閉じた。まぶたの裏に浮かぶ光景に、どうしても頬が緩んでしまう。
クリスマスの朝、あいつは枕元に置かれたプレゼントに気付くと、きっとガキみたいな顔で笑って喜んでくれるに違いなかった。
(by sakae)
END
(07-12-19初出)
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