キミとふたりで

※無断転載・AI学習を固く禁じます。
 昼前に訪れたばかりの街で、いつものように取った二人部屋。いつもと違うのは、魔導士一人きりなこと。普段なら宿に荷物を置いたあとは「一緒に街を見て回りましょ〜!」と半ば強引に観光に連れ出されるのだが、今日ははっきり断った。まだ読み終えていない本を読みたかったという理由は嘘ではなかったものの、毎回毎回一方的に振り回されるのがだったのだ。
「シナモンがいないと読書が捗るよ」
 口をついて出た独り言は、思いのほか室内に響いた。シナモンがいないだけでこうも静かになるなんて。感動からか呆れからか、今度は溜息が漏れる。そういえば別行動をとるのは随分と久しぶりのことだった。彼は魔導士が一緒に来なくていいと断っても勝手についてくるし、自分の興味を引くものがあれば魔導士の腕をぐいぐい引っ張ってくるので、旅の途中立ち寄った場所でもほとんど一緒に行動している。
 文字列を追っていた筈の視線が宙を漂っているのを自覚すると、魔導士はぶんぶんと首を左右に振った。読むなら今のうちだ。読書中にもかかわらずいつも大きな声で話しかけてくる男を頭の中から追い出して、読書に没頭する。人の何倍もお喋りが好きな彼のことだ。どうせ話し相手がいなくて寂しいと、早めに切り上げるに違いない。静寂に包まれた部屋の中、魔導士は本のページを捲った。
 ところが本を読み終えても、一向にシナモンが帰ってくる気配がない。彼も久しぶりに一人の時間を楽しんでいるのだろうか。小さな窓から外の様子を伺おうとしたが、陽が傾き始めているのが分かっただけだった。
 もしかしたら、広場あたりで勝手にマジックショーでも開いているのかも――そんな想像に、何故か魔導士は腹が立ってくる。何だよ、ボクがいないからってのびのびしてるの?
 行かないと言ったのは他ならぬ魔導士自身だ。それでも、どうしても胸の奥がざわついて仕方がない。湧き上がる衝動のまま、魔導士は部屋を飛び出した。

 夕陽に染まった街は、探し人の髪に似た色をしていた。こんなに綺麗じゃないけど、と魔導士は心の中で悪態をつきながら、派手な色の頭が見えないか人通りの多い商店街を遠目に眺める。自分が小柄なせいもあるがシナモンも特段高身長というわけでもないので、人混みに入ってしまうと探しにくい。
 あちこちに目を向けていると、聞こえてきたのは小さな腹の音。立ち並ぶ飲食店から漂ってくるおいしそうな匂いに、お腹が空いてきてしまった。街に着く前に少し食べただけで、それから何も口にしていないのを思い出す。
 どうせシナモンのことだから、珍しい物を片っ端から食べてるんだろうな。ムスッとした面持ちのまま、魔導士は辺りを見渡す。西日の眩しさで彼を見落としたのだろうか。そんな不安は、次の瞬間には吹き飛んでいた。
 行き交う人々の中で一際目を引く色の髪。間違いない。間違えようがない。魔導士は急いであとを追った。軽やかな足取りは、どこか機嫌が良さそうに見える。後ろから近づいてみると鼻歌まで聞こえてきたものだから、ますます気が立ってしまった。
「シナモン!!」
「わわっ?! ……ってあれ、魔導士くん?」
 驚いた顔で振り返ったシナモンは、大きく膨らんだ紙袋を持っている。やはり一人の時間を満喫していたらしい。
 何だよ、ボクがいなくても楽しめるんじゃん――ふつふつと湧き上がってくるのは、怒りとはまた違った感情。魔導士は慌てて帽子を深く被り直そうとするが、肝心の帽子がない。そういえば宿の部屋で脱いだまま出てきてしまったのだ。羞恥で顔が熱くなったが、夕陽のおかげでそれほど目立たないだろう。
「宿に残るって言ってたのに、どうしたんです? あ、さては本に夢中になりすぎてお腹が空いちゃいましたね〜?」
「キミと一緒にしないでよ!」
 不思議そうに歩み寄ってくるシナモンから顔を背けると、魔導士は少しでも人の少ない方へと向かう。何だかひどく疲れていた。
「あの本もう読んじゃったんですか? さすが魔導士くん、早いですね〜! 僕なら三日、いや、一週間は掛かるでしょう!」
 返事がないのもお構いなしに喋り続けるシナモンは、やはり後ろをついてくる。道の端で立ち止まった魔導士は、さらに口を開こうとしている彼より先に声を出した。
「観光、楽しんでるんでしょ。……続き行ってきなよ」
 すると、シナモンは大きく首を傾ける。
「んん〜? 魔導士くん、何か怒ってます?」
「別に怒ってない!」
 刺々しい声で言ったところで説得力がない。魔導士だってそう分かっているのに我慢出来なかった。大体、聞いてくる方もどうなのかとイライラが募る。
「とにかくボクはもう戻るから、キミは――」
「ジャーン!」
 ずいっと魔導士の視界を塞いだのは、パンパンに膨らんだ紙袋。それをぽかんと見上げていると、紙袋の向こうからシナモンがひょっこり顔を出す。
「実はこれ、ぜ〜んぶキミへのお土産なんですよ!」
「え……?」
「最近はいつもキミと一緒だったから、久しぶりの単独行動って何だか新鮮で……パハハ、お土産選ぶのって結構楽しいんですねえ!」
 ぐいぐい押しつけてくるので思わず受け取ってしまった紙袋は、ずしりと重たい。魔導士は袋の中身を見下ろしながら、「どうして」と小さく呟いた。お菓子らしき包みに紛れて何やら趣味の悪い人形が見えた気がしたが、今はそれよりも気になることがある。
「一人であれこれ見て回るのも悪くないけど、やっぱり魔導士くんといる方が楽しいなあって考えてたら、いつの間にか色々買っちゃってて。あ! そうそう街の外れに魔法に関係ありそうな場所を見つけたんですが」
「明日!」
 大きな声で話を遮った魔導士は、顔を上げて続ける。
「明日、……キミがそこまで案内してよ」
「……もちろんです!!」
 ぱあ、と笑顔になったシナモンは自分が持たせたばかりの紙袋を魔導士から奪うと、くるりと背を向け歩き出してしまった。魔導士は慌てて追いかける。
「ちょっと!」
「案内は明日でしょう? 今日はもう夕飯にしちゃいましょうよ。魔導士くんだって、お腹ぺこぺこみたいだし!」
「そ、そんなことは……!」
 振り向きざまにウインクを飛ばしてきたシナモンに抗議の声を上げようとした瞬間、腹が鳴ってしまった。それも、さっきより大きい。気まずさに押し黙った魔導士を見て、シナモンは声を上げて笑う。その背中をバシバシ叩きながら、魔導士も笑っていた。
 彼は離れていても、自分のことを気に掛けてくれていた。それが嬉しくて堪らない。
 ひとしきり笑ったあと、二人は並んで歩いた。紙袋があるからか、今日はシナモンは腕を掴んでこない。少しだけ考えて、魔導士は彼の腕を引っ張る。いつもとは反対だ。
「おっと…! 魔導士くんってば、ご飯は逃げませんよ〜?」
「そんなの分かってるよ」
 分かってないのはキミの方じゃないか。少々不服に思いながらも、魔導士の足取りは軽い。
「ところで、あの変な人形は何?」
「へっ、変?! そんなあ! 一番自信があるお土産だったのに〜!」
 ゆっくり夜が迫る街に響き渡った間抜けな声に、魔導士はまた笑った。
(by sakae)


END
(24-05-19初出)
文字書きさんの性癖シチュ四大癖書 」で募集して「一緒に帰る/シナまど」で書かせて頂きました!

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