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玉子が半熟状になったのを確認したダークチョコは、フライパンを一旦火から外し濡れふきんの上に置いた。それからコンロに戻したフライパンの中央に先に作っておいたケチャップライスを載せて、フライパンを傾けながらそれに玉子を被せていく。このまましっかり包んでいけば、オムライスが完成する。
元々はミルクの好物だと思い込み、作ってみたのが始まりだった。いつの間にか好意を抱いてしまった彼に、好きなものを食べさせてやりたいと思うようになって、料理はあまり得意ではないにもかかわらず無謀にもチャレンジを試みたのだ。実際にはミルクが好きだったのはブラックベリーの食堂のふんわりオムライスで、しかも最初に作ったそれはふんわりとはほど遠い出来上がりだった。
それでもミルクは喜んでくれたのだがダークチョコは納得出来ず、他にも何か好物はないかと彼と仲の良い紅イモから話を聞き、初めて自分が誤解していたことに気付く。そしてそれならば、ふわふわな玉子のオムライスを作ってやろう。そう決意したのだ。恥を忍んでブラックベリーからオムライスの作り方を学び、二度目に作ったものは包んでこそいないが、最初の時と比べるとかなりいい出来栄えだった。ミルクも満足してくれたように思う。
それからも度々作り続けたのは、やはり彼の喜ぶ顔が見たかったから。もちろん他のものも実においしそうに食べてくれるのだが、オムライスの時にはミルクもいつも以上に嬉しそうに見えた。そうして繰り返すうちに、ライスを包めるようにもなっていた。
料理は得意かと聞かれると相変わらず首を捻るしかないが、オムライスに関してだけは、ダークチョコは自分でもかなり上達したと思っている。
「わあ!」
出来たてのオムライスを目の前に置いてやれば、もう何度も食べているのに毎回ミルクは目をきらきらとさせて喜ぶ。それを何度も見ているのに飽きないのはダークチョコも同じだ。
だが次にこの顔を見られるのは、おそらくずっと先になる。
「今日くらい僕が作るのに……」
ひとくち食べたあと、ミルクはダークチョコに目を向けてくる。その顔が少し寂しそうに見えるのは、決して自惚れではない。
「……お前は昨日、気合いを入れてたくさん作ってくれただろう。私も、しばらくはそれを作ってやれなくなるからな」
「そうですね。……それなら、一番おいしいうちに!」
そう言ってまた笑ったミルクが、オムライスを食べ進める。その様子を眺めているとうっかり自分が食べるのを忘れそうになり、ダークチョコは少し急いで食べる派目になった。
今日はダークチョコ自身が旅立つと決めた日だ。明確な目的地があるわけではなかったが、長い旅になることだけは分かっている。だからミルクとは、いや彼とだけでなくこの王国とも、しばらくの間お別れだ。
「ごちそうさまでした!」
手を合わせたミルクに少し遅れて、ダークチョコも朝食を終えた。先に立ったミルクが後片づけはしておきますと言って、用意を促してくる。といっても、もうほとんどすることはなかったが。とりあえずは水を飲み干した。
「あ」
自分の食器をシンクに置いたミルクが傍らにやってきたので、空っぽになったコップを手渡そうと顔を向けると、楽しげな声が降りかかってくる。
「そこ、ついてますよ」
「……!」
慌てて食べたせいだろうか。示されたそこを拭き取るが、目立った色はつかない。不思議に思ってミルクを見上げれば、薄く笑みを浮かべた彼が顔を寄せてくる。くちびる同士が軽く触れ合った。
「――冗談です」
ダークチョコの手からやんわりコップを奪うと、ミルクはにこにこと上機嫌でキッチンに戻っていく。目を丸くしていたダークチョコは、我に返ると苦笑した。以前の仕返しのつもりなのだろう。まんまとしてやられてしまった。
支度を終え、ミルクと共に玄関に立つ。彼は最初、王国を出るまでついてくるつもりだったようだが、名残り惜しくなってしまうとダークチョコが小さく告げれば、大人しく引き下がってくれた。
「分かりました。……なら、時々でいいので手紙を書いてくれませんか」
「手紙は苦手なんだが……拗ねるな。分かった、なるべく書こう」
不満げな顔になったミルクにそう約束すると、抱きついてくる。そしてまた、くちびるを奪われた。今度はすぐには離れない。とうに馴染んだ体温にダークチョコは安堵すると同時に、寂しさが込み上げてくるのを感じた。離れたくない。ミルクの体を強く抱きしめ返していた。
だけどその為に旅立つことを決めたのは、他ならぬ自分自身だ。自分より少し低い位置にあるその肩を、ぽんぽんと叩く。
「……ミルク」
「ええ、分かっています」
ややして、体を離したミルクは笑顔になっていた。釣られるようにダークチョコの頬も綻ぶ。やはり彼は、笑っている方がずっといい。旅の途中で真っ先に思い出すのも、きっとその顔だ。力強く頷き合うと、ダークチョコはゆっくりとドアを開いた。
「いってらっしゃい」
「ああ、いってくる」
手を振るミルクに背を向けて大きく一歩踏み出したダークチョコの顔を、陽光が照らし出す。それは眩しく、あたたかかった。
(by sakae)
END
(21-08-15初出)
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