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「ミルクに……嫌われてしまったようだ」
普段よりさらに低音で呻くように吐き出された言葉に、紅イモは腹の底から「は?」と声を出していた。あり得ない話だ。
そもそも、何故こんな話になったのか。
街中で見かけたその忌々しい黒い背中にいつものように勝負しろと声を掛けたのは、確かに紅イモである。大抵は自分かダークチョコのどちらかの側にいることが多いあの白い邪魔者の姿がなく、これはチャンスだと思ったのだ。
クッキー王国で暮らすようになってからのダークチョコは以前より腑抜けた顔をすることが多くなったものの、対峙していた時より強くなったと紅イモは確信している。きっと何か、吹っ切れたのだろう。だからこそもう一度戦えと散々言っているのに、彼がどちらに首を振るのか以前にミルクがうるさくて敵わない。もう敵対していないのだから傷つけ合うことは許しません、とすぐに口を挟んでくるのだ。その融通の利かなさは嫌というほど知っているので、ダークチョコとの再戦は未だ実現出来ていない。
けれど今日こそは。そう意気込んだのに声に反応して珍しくバッと振り向いたダークチョコは、あろうことか紅イモの姿を見るなり肩を落としてみせたのだ。
「……お前だけか」
小さかったがしっかり耳が捉えた言葉に、紅イモがカチンときたのは言うまでもない。胸ぐらを掴もうとすると表情も変えずに避けられ、尚更腹立たしくなった。
「お前、人の顔見て溜息つきやがったな!? ムカつく野郎だぜ!」
「別にお前を見て溜息をついたわけではなかったんだが……気に障ったのなら謝ろう」
言いながらも憂うつそうに目を伏せるダークチョコに、それじゃあ一体何なのだと問い詰める。
「今日はお前一人なのかと思っただけだ」
「ああ? 意味が分かんねーよ! ハッキリ言えってんだ!」
そう怒鳴りつけた紅イモを、いや紅イモの周囲に目を走らせてから、ダークチョコは言いにくそうに口を開く。
「だから……今日はミルクと一緒ではないのだな、と……。ただ、そう思っただけだ」
「……は?」
思わず大きく見開いた目で見返すと、顔ごと逸らされる。一緒じゃないなら何だというのか。ミルクに用でもあるのかと考えたが、どうも釈然としない。そもそもあの男は、探す手間すら必要ないように思える。いや、もしもミルクの方が顔を合わせたくないという状況なら、あり得るのかもしれないが。
「何だよ、まさかあいつとケンカでもしたのか?」
聞いておきながら、そんな筈がないと分かりきっている。だというのにぴたりと固まってしまった目の前の男に、紅イモはひどく驚いた。
「おいマジかよ!」
「……喧嘩はしていない、筈なのだが……」
「じゃあ何だ!」
言い淀むダークチョコに先を促す。中途半端に話を聞くのはイライラして駄目だ。
「最近、ミルクに避けられている気がする」
「ハッ! あいつに限ってお前を避けるとかねーだろ!」
何ふざけたことを言ってるんだと顔をしかめるが、彼の方も冗談のつもりではないようで、困ったように眉を寄せている。まさかと思ったところで、紅イモはあっと声を上げた。ひとつ思い出したことがあったのだ。
「そういやあ昨日の夜……」
「昨日の夜?」
首を傾げるダークチョコを指差しながら、紅イモは続ける。
「その辺で晩メシを食おうと思ってミルクに捕ま――あいつが勝手についてきたんだけどよ、途中お前を見かけて」
「……」
反応を見るに、ダークチョコは気付いていなかったようだ。距離があったうえに彼は背中を向けていたから不思議ではないが、自分の隣にいたミルクは彼の存在をしっかり認識しており、やはり勝負を挑もうとする紅イモを止めてきた。そこまでの行動はいつもと変わらない。しかし。
「珍しくお前の方に行かねーなとは思ったんだが、今考えりゃあ、お前のことを避けるみたいに向かう方向変えてやがったな」
今日はあっちの店で食べましょうと、半ば強引にミルクに腕を引かれた記憶がある。あの時はてっきり空腹のあまり、すぐにでも何か口に入れたいのかと思っていたのだが、違ったようだ。
一体何があったのか。問いかけるより先に、まるでこの世の終わりのような暗い表情をしたダークチョコが、嫌われてしまったようだと小さくこぼしたのだった。それからよろよろと、頼りない足取りでどこかへ歩き出そうとする彼の腕を、紅イモは咄嗟に掴んでいた。だが一体どうすればいいのか。
困った挙句向かった先は、日が暮れても明るい雰囲気が漂うスパークリングのバーであった。
こんなやつ放っておけば良かったのに、と関わってしまった自身に対しても腹が立ってくるが、あのまま放っておいても余計にむしゃくしゃしたに違いない。紅イモは自分にそう言い聞かせる。空になったグラスを音を立ててテーブルに置くと、諦めて正面でちびちび飲んでいる男にまっすぐ目を向けた。
「で? 避けられるような覚えは?」
「特には……あまり私に近づくなと、普段から言ってはいるが」
「お前……」
自ら突き放すようなことを言っておきながら、いざ離れられたらショックだったらしい。
めんどくせーやつ。心の中だけでは留まらず、小さく吐き捨てる。
「そんなふうに言うのは良くありませんよ。ちゃんと順を追って、話を聞いてあげないと」
ちょうど新しいグラスを持ってきたスパークリングにたしなめられ、紅イモは憤慨した。
「だったらお前が聞いてやれよ! 大体こういうのは、どう考えたってお前のが適任だろ!!」
「話を聞いてあげたいのは山々なんですが、今日は忙しくって。それに、彼らと仲のいいあなたが一番適任だと思いますよ」
一杯サービスしておきますから、とウインクだけを残してスパークリングはカウンターの方へと戻っていく。そこには酔って、いつも以上に面倒くさそうになってしまっている常連達が待ちわびていた。確かに、あれは忙しそうだ。
「――って、誰と誰が仲いいんだよッ!」
怒り喚くが、ダークチョコはスパークリングとのやりとりを聞いてすらいなかったのか、何事もなかったかのように静かに飲み進めている。紅イモはイラッとしてテーブルを強く叩く。
「ああクソ! こうなりゃさっさと終わらせるぞ! いつから避けられてんだよお前はっ!」
「……いつから? そうだな、この二日ほどか」
「はあ〜? たった二日かよ! そんだけでよく避けられてるって感じたな!?」
まさかこいつも酔っ払ってんじゃねーだろうな。そう思って、ダークチョコに詰め寄ろうとした時だった。カランと、バーの入口から音が鳴る。
「紅イモ! やっぱりここでしたか、あなたに相談が――あ、ダークチョコ様……」
「!!」
「……」
店内に入ってきたミルクは紅イモの向かいの席に誰がいるのかを認識した途端、足を止めた。確かにこれはおかしい。そう感じた紅イモは席を立って、黙ったまま俯くダークチョコの腕を引っ掴み、ズンズンとミルクに歩み寄る。
「べ、紅イモ…?」
「おい……」
戸惑った様子の二人を無視し続けてミルクの目の前まで迫ると、強引に二人を向き合わさせた。
「いいか、面倒なことはなしだ。単刀直入に聞くぞ、ミルク! お前何でこいつを避けてんだ!」
「それは……」
後ずさろうとしたのか、ミルクは空いているスツールに足をぶつけ、よろけた。その様子に、ダークチョコが首を小さく横に振る。
「……言わなくともいい。やはり私の存在が重荷になっているのだろう……世話になったな」
「お前はまだ喋んな、勝手に話を終わらせんな。どうなんだよ、ミル――」
離れようとするダークチョコの肩を掴んだ紅イモの手に、さらに白い手が力強く重ねられる。
「そんな筈ないじゃないですか!! 一体何を言っているんです!」
「おいオレの手が挟まって……ああもういい!! ミルク! ちゃんと話せって!」
やけになってそのまま先を促せば、こくりと頷いたミルクはダークチョコと、それから紅イモの手を解放し、ごそごそと自分の荷物を漁り始めた。
「実は……これを」
そう言って差し出されたものを、紅イモ達は覗き込む。
「何だよ、ただのドリームキャッチャーじゃねえか」
「ただのとは何ですか! これには僕の想いがたっぷりと詰まってるんですよ!」
ミルクの手にあったのは、悪夢を防いでくれるという魔除けだ。紅イモにムッとした顔を向けたミルクは、今度はダークチョコに視線を移す。
「あまり夢見が良くないと仰られていたので、作ってみたんです」
「……私に、か?」
先ほどとは打って変わって明るい表情になったミルクが差し出したそれを、ダークチョコは戸惑った顔で見下ろした。
「はい! 一番幸せな時を思い浮かべて作ると効果が高まると聞いたので、ダークチョコ様と共に過ごせる〝今〟を思いながら作りました」
「! お前というやつは……!」
「…………」
黙り込む紅イモに反して、店内のあちこちから良かったなあという声や拍手が沸き起こり、酔っ払い達が祝福ムードを作り上げていく。
「……おい。だったら何でそいつを避けてたんだよ」
低い声で尋ねると、ミルクはほんのり顔を赤らめ照れくさそうに笑った。
「それは……ほら、やっぱりプレゼントといえばプレゼントですし、どんなふうに渡そうかと悩んでて。今日は紅イモにも相談してみようと、探してたところだったんですよー!」
「…………謝れ」
ぽつりと漏れ出た声に、ハッと弾かれたようにミルクとダークチョコが見つめ合う。その瞬間、ぷつんと何かが切れた。とっくに限界である。
「そう、ですね、ちゃんと謝らないと。……すみませんダークチョコ様、僕はあなたを悲しませるつもりなんて――」
「いや、それを言うなら私の方こそ――」
「オ・レ・に!! 謝れってんだーー!!」
怒りに震える声が、明るく賑やかなバーの中に響き渡った。
(by sakae)
END
(21-09-10初出)
ブーストお礼にとリクエストしていただいて書いたものです。
「紅イモが絡んでくるお話(お友達のような関係)/ミルダク前提/擬人化」
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