人気のない場所を見つけたデーヴィドは、ほとんど躊躇せず桟橋に腰を下ろしていた。普段ならよほどのことがない限り服が汚れてしまうような真似はしないが、今はそこまで考えている余裕がなかったのだ。けれど漏らしてしまった大きな溜息だけは、離れた場所で待機している護衛に気付かれていないことを願った。
淡いオレンジ掛かった水面に目を向けると、デーヴィドを見返してきたのは歪んだ顔。思わず拳を握り、目を瞑った。それでもゆったりと流れる川の音に、高ぶっていたアニマが少しずつ落ち着きを取り戻してくる。
そろそろ戻った方がいいかもしれない。そう思った矢先、護衛が誰かと話しているのに気付く。振り返ってみれば、こちらにやってくる人影があった。デーヴィドが立ち上がろうとするのを手で制したのは、叔父フィリップだ。すぐ側までやってきた彼は、川の方を見つめながら口を開いた。
「初めての会議は緊張しただろう」
「はい。……あ、少しだけ」
正直に答えてしまったデーヴィドは、慌てて一言付け加える。するとフィリップは「私なんて未だに緊張してしまうよ」と笑って言った。会議中ヤーデの代表として堂々と発言しているように見えたから、気を使ってくれたのだろう。そう考えるとどんな反応を示すべきか迷い、デーヴィドは叔父を見上げるしかなかった。
「我々を良く思わない者も少なくないが、味方だって多い。気に病む必要はないさ」
会議中何度も感じた突き刺すような鋭い視線とアニマを思い出し、デーヴィドは息を呑む。東大陸で争いを繰り返していることはもちろん、今回グリューゲルで行われた会議に参加したのがヤーデ伯でもその跡取りでもなかったことが、さらに反感を買った理由のようだ。現在前線にいるケルヴィン達が南大陸まで戻ってくるのが難しく、二人に代わって出席したのはフィリップだった。
一方自身の将来を見据えたデーヴィドは、勉強の為にと叔父の側に控えさせてもらったまでは良かったものの、すっかり険悪な場の雰囲気に呑まれてしまったのだ。情けない、とまた嘆息が漏れ出そうになるのをデーヴィドはどうにかこらえる。
「……私に、伯爵の務めが果たせるでしょうか」
ぽつりとこぼれ落ちてしまった弱音に、フィリップが吹き出す。
「何だ、もうそんな心配をしていたのか! まだ兄上でさえ爵位を継いでいないというのに」
「え? いえ、それは……!」
思い上がっていると捉えられても、おかしくない言動だったかもしれない。急いで誤解を解こうとするデーヴィドの方を向いた叔父は、予想に反してやわらかな笑みを浮かべていた。
「お前が爵位を継ぐ頃には、ギュスターヴも立派な大人になっているだろう。大きな支えとなる筈だから、安心しなさい」
すっと伸びてきた手が、デーヴィドの頭を撫でる。目を白黒させているうちにその温もりは離れていった。
「さて、父上へ報告もせねばならん。そろそろ戻るか。ああデーヴィド、お前はもう少しゆっくりしてから戻っておいで。ここは気を休めるにはいい場所だ」
「はい」
立ち上がり叔父を見送っていると、厚い雲が太陽を覆った。直後、デーヴィドは人目も憚らず声を張り上げていた。
「――叔父上! ……叔父上も、ヤーデ伯となった私を支えてくれますよね?」
驚いたような顔で振り向いたフィリップは、やがて苦笑して応えた。
「もちろんその時は私も力になろう。とはいえ、まだ先の話だ。あまり気負いすぎないようにな」
軽く片手を振った叔父の後ろ姿は、今度こそ遠のいていった。先ほどのこともあって、フィリップからすれば甥が重圧に押し潰されそうになっているように見えたのだろうが、違う。陽光が遮られた瞬間、デーヴィドは別の不安を覚えたのだ。このまま叔父が消え去ってしまいそうな、そんな不安を――。
だがそれも、結局は己の自信のなさから生じた懸念に違いない。
再び川に向かって座り込んだデーヴィドは、会議の様子を思い返した。それから同じ状況の時、自分ならどのように切り返すか考える。おそらくこれから先、ヤーデ伯家の立場はより厳しいものとなるだろう。術や武器を振るう戦場とは違う、政界での戦い方も身につけなければならない。デーヴィドは川の向こうをじっと見遣った。
護衛から「そろそろ戻りましょう」と声を掛けられたのは、辺りがすっかり茜色に染まった頃のこと。去り際に覗き込んだ静かな水面に、不安げな少年の姿はもう見当たらなかった。
END
(26-02-24初出)
叔父と甥のほのぼな日常のひとコマ……のつもりが死亡フラグの話に!(でもこの時は回避!!)
もちろん戦時中というのもあるだろうけど息子に従兄を支えろと言っていたフィリップ三世は、自分が長生き出来るとはまったく思ってなかったんじゃないかなー。
作中大体のデーヴィドの年齢が分かる文章をねじ込み損ねましたが、十一歳(1287年)くらいを想定しています。

※コメントは最大5000文字、5回まで送信できます