※同人誌「キミを酔わせて」の後日談ですが、本編を読んでなくても問題ないと思います。
※無断転載・AI学習を固く禁じます。
ベッドの中で上体を起こしたまま、ミルクは悩んでいた。何てことない、小さな悩みだ。
手元の本を見下ろす。今日借りてきたばかりのそれは遠い昔に存在した王国について書かれたもので、探検家曰く「面白いことが載っている」だそうだ。あの彼がそう断言するのだから、冒険心がくすぐられるような楽しいことが書かれているに違いない。そう考えると、本を開く前からわくわくしてくる。
だが時間が時間だ。時計に目を向けて、ミルクは再びうーんと眉根を寄せる。帰宅するのが遅くなってしまい、風呂などを済ませた時にはすっかり夜も深まっていた。今から読書を始めるとなると明日に差し支えるのでは、という思いもある。
それに何より。ちらりと横目でベッドの奥を見つめる。
枕に頭を預けているダークチョコはこちらに顔を向けているものの、その目が開かれる気配はない。ミルクが家に帰ってきた時こそまだ起きていたが、その時からすでに眠たそうで、風呂から上がり寝室に戻ってきた時にはもう眠ってしまっていた。
ここで本を読むならサイドテーブルに置いてあるランプの明かりを、少し強くしなければならない。だがそうすれば彼の眠りの妨げになるのではないか。
リビングで読む気力はさすがに残っていない。だから今日はもう寝てしまおう。そう思っているのに、本の中身がどうしても気になって仕方がない。
ミルクは悩みに悩んで、ランプに手を伸ばした。少しだけ。眠くなるまでの間だけ――。
部屋の明るさが増したが、ダークチョコは身じろぎもしなかった。ミルクは知らず知らずのうちに押し殺していた息をそっと吐き出すと、本の表紙をじっと見つめる。古めいたその装丁に尚更好奇心を煽られ、本を開けば瞬く間に見知らぬ王国の世界にのめり込んでしまった。
一時間近く経った頃だろうか。布が擦れるような音が耳に入り、続いて足に掛けてある毛布が僅かに動いた。ハッとしてミルクは本から目を離す。
顔を横に向けると、薄く開かれた赤い目と視線がぶつかった。しまったと、今更ながらに後悔する。
「すみません、眩しかったですよね……!」
ダークチョコを起こしてしまった。やはり今夜は大人しく眠って、明日読めば良かったのだ。慌てて本を閉じ、ランプの明かりを調整しようと手を伸ばす。
「……めを、……た」
ぽつりと聞こえてきた声に、ミルクは明かりをそのままに振り返った。ぼんやりとした様子のダークチョコがじっとこちらを見上げている。
何と言ったのだろう。首を捻り聞き返すか迷っているうちに、再び彼が口を開いた。
「夢を、見ていた」
そう呟いた彼の表情は穏やかで、ミルクは珍しく思った。
というのも、こうして二人で一緒に寝るようになったきっかけは彼が悪夢に悩まされていたからだったし、最近少しだけ昔のことを話してくれる機会が増えたが、そのなかでも夢見が良くなかったというような話がちらっと出てきたからだ。
伸ばしかけていた手を引っ込めるとミルクはベッドに座り直し、ダークチョコの顔を見下ろした。
「一体どんな夢を見たんですか?」
半分寝ぼけている様子とはいえ、そんな表情になるなんて。
先ほどまで夢中になっていた本よりずっと興味が湧いてしまい、ミルクは尋ねた。悪い夢ではないことだけは確かだろう。
「お前が出てきた」
「え?」
「夢の中でも、お前は本当に……」
目を細めて話すダークチョコがおもむろに手を伸ばしてくる。頬をそっと撫でられて、ミルクは何度も目を瞬かせた。
ダークチョコ様が、笑っている。夢の話で。夢に出てきた、僕の話で――。
途端に胸が熱くなって、ダークチョコの体を強く抱きしめた。
「いい夢、でしたか?」
「そうだな……悪くはなかった」
腕がきついのか苦しそうにしながらも、ダークチョコが頭を撫でてくる。優しい手つきとはほど遠い、わしゃわしゃと髪を掻き乱すようなそれが気持ち良くて、ミルクはされるがままになっていた。
「……実物の方がずっと騒がしいな」
「ええー、何ですかそれ!」
ぽんぽんと肩を叩かれて渋々体を離す。呆れたような目をしながらも、やはりダークチョコの口元は綻んでいる。
「……僕も、もう寝ます」
今度こそランプの明かりを弱めるとミルクも横になった。そうしてダークチョコを抱き寄せて、額にひとつキスを落とす。
「おやすみなさい」
「ああ」
おやすみ、とすぐ近くから聞こえてきた声に安堵して、ミルクは目を閉じた。
嗅ぎ慣れたほろ苦い香りも、自分のものではない呼吸音も、自分より少し低い体温も、そのすべてが愛おしくて。こうしてダークチョコを抱きしめて眠るたびに、ミルクは幸せを噛みしめる。
そして朝起きたら、真っ先に彼の存在を認識して。そんな一日の始まりにミルクは心を弾ませながら、また彼の額にそっと口づけて言うのだ。
おはようございます、と。そうすれば彼もまた一番に自分の姿を目に映して、微笑んでくれるに違いない。
幸福な朝が待ち遠しくて、ミルクはあっという間に眠りに落ちていった。
(by sakae)
END
(22-01-23初出)
ブーストお礼に折本としてつけさせていただいたものでした!
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