花を見においで

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「はい、どーぞ!」
 広場を通ったのが間違いだったのだろう。突然すぐ目の前まで急接近してきたクッキーに敵意はなかったが、だからこそダークチョコクッキーは差し出されたそれを、反射的にしっかり両手で受け取ってしまった。
「これは一体……」
 戸惑いがちにそれを見下ろすダークチョコクッキーに、地面にすとんと着地したパンケーキ味クッキーは満足げに胸を張る。
「ボク、ハーブ味クッキーを手伝ってるんだよ! へへっ、エラいでしょ〜!」
「あ、ああ。……それでこれは」
「今みんなに配ってまわってるんだ! だからキミにもあげるね!」
 そう言ってまた飛び立とうとする幼いクッキーを、ダークチョコクッキーは珍しく慌てて呼び止めた。
「待て! これは私には――」
「いっぱいあるから遠慮しないでいーよ! それじゃあボク忙しいから」
 バイバイと手を振って、あっという間にパンケーキ味クッキーは飛び去ってしまった。その姿を呆然と見送ってから、ダークチョコクッキーは再び手の中のものに視線を落とす。両手に収められた植木鉢の中で、かわいらしい黄色い花が風に揺れていた。

* * *

「あー、ひと暴れしたら腹が減ってきて腹が立つ!」
「それはそれは、忙しいお腹ですね〜」
 王国の外での戦闘を終えて共に帰還したばかりの紅イモ味クッキーの言葉に、相づちを打ちながらミルク味クッキーは笑った。だが確かに、動いたあとは腹が減る。何かおいしいものをたらふく食べようと、二種のクッキーの足は自然と食堂の方に向かっていた。
 くまゼリーバーガーを食べようか。だけどコンビネーションピザゼリーも捨てがたいなあと、頭の中にそれらを思い浮かべながら歩いていたせいで、そのクッキーの存在に気付くのに遅れてしまう。
「ん? ダークチョコクッキー!? ああ、どうりで湿気っちまいそうな天気なわけだぜ」
 先にその存在に気付いた紅イモ味クッキーの声にハッとして顔を右方向に向けると、木で作られたベンチに座る憧れのクッキーの姿が目に入った。そういえばまだ日が暮れるには早い時間なのに辺りが暗いなと、ようやく空を覆う黒い雲を認識する。いつもなら自分の方が早く彼に気付くのに。自覚しているよりずっと腹が空いていたようで気恥ずかしくなり、紅イモ味クッキーを足早に追い越してベンチへ近づいた。
「ダークチョコクッキー様、こんばんは!」
 ぺこりと頭を下げるとダークチョコクッキーも小さく頷く。そんな些細なことにも嬉しく思っていると、隣に並んだ紅イモ味クッキーが腰に手を当てながら、ダークチョコクッキーの顔を覗き込むように身を屈めた。
「何だよ、いつにも増して浮かない顔しやがって」
「ああ、いや」
「紅イモ味クッキー! 言い方を考えてください!」
 突っかかるような物言いに注意するが、確かにダークチョコクッキーの表情は暗い……というよりも、何か困っているように見える。
「どうかされましたか? 僕らで良かったら力になりますよ!」
「僕らって……勝手にオレを巻き込むな!」
 ミルク味クッキーはすっかり耳に馴染んだ騒がしい声を聞き流しつつ、ダークチョコクッキーに笑いかける。それに彼が応えようとするより先に、彼の隣にあるものに目がいった。
「あ? 何だよ随分らしくねーのを持ってんな?」
 またも一足早く、紅イモ味クッキーがベンチの上を指差す。するとダークチョコクッキーはこくりと首を縦に振り、憂うつそうに溜息をついた。
「ああ……。これのことで少しな」
「かわいらしいお花ですね!」
 この場にいる全クッキーの視線を集めたのは、鉢植えの黄色い花。見ているだけで元気が湧いてくるような気がして、ミルク味クッキーの声は自然と弾んだ。しかしその花の一番近くにいるクッキーの表情は、明るいとは言いがたい。不思議に思って問いかける。
「そのお花、一体どうされたんですか?」
 かわいい花だが、ダークチョコクッキーが好んで買ったようには思えなかったのだ。案の定、貰いものだと呟くように言って彼は続ける。
「広場を通りかかった時にパンケーキ味クッキーに渡された。……確か、ハーブ味クッキーの手伝いをしているとか言っていたな」
 ああ、と思わずミルク味クッキーは紅イモ味クッキーと顔を見合わせて頷き合う。植物をもっと身近に感じてほしいと、ハーブ味クッキーは以前にもみんなに花を配ったことがあったのだ。きっと今回も似たような話だろう。
 それにしても、とミルク味クッキーは首を捻る。以前自分が花を貰った時は少し驚きこそしたものの嬉しい気持ちになったものだが、ダークチョコクッキーはというと、どう見たって嬉しそうには見えない。花が嫌いなのだろうか。疑問を抱いて見つめていると、ふいに目が合った。その瞬間、彼は何かに気付いたかのように真剣な面持ちになって、ミルク味クッキーを見据える。
「……ミルク味クッキー。さっき、私の力になってくれると言っていたな?」
「はい、もちろんです!」
 ミルク味クッキーが勢いよく頷くと、ダークチョコクッキーはすっと立ち上がった。そして、植木鉢を差し出してくる。
「すまないが、私の代わりに面倒を見てやってくれないか」
「え? え?」
 目の前に差し出されたそれをつい受け取ってしまってから、ミルク味クッキーは目をぱちくりとさせる。
「お前ならしっかり世話をしてくれそうだし、ちょうど良かった……。それでは任せたぞ」
 言いながら、ダークチョコクッキーはそそくさと離れていってしまった。見えなくなるまでその後ろ姿を眺めて、ようやくミルク味クッキーは我に返る。
「紅イモ味クッキー! こ、これって……!」
「ああ押しつけられたな。俺は知らねーぞ」
 興奮した様子のミルク味クッキーの隣で紅イモ味クッキーは花に視線を落とし、呆れたように肩を竦める。だがミルク味クッキーはその様子に気付きもせず、おそるおそる両手で抱えた植木鉢を見下ろしてはその白い顔を赤くした。
「ど、ど、どうしましょう!? ダークチョコクッキー様からお花のプレゼントをいただいてしまいました…!!」
「ミルク味クッキー、お前……」
 紅イモ味クッキーが今度は盛大な溜息を吐き出すのにも目もくれず、ミルク味クッキーは熱のこもった目で愛おしげに花を見つめていた。どんな経緯であれ、大好きなクッキーから渡されたものはプレゼントに違いないのだ。

 この花を大事に育てます!
 翌朝、そんな決意を胸にミルク味クッキーはハーブ味クッキーの花屋を訪れた。よく晴れて気持ちのいい空気に、体のみならず心までサクッと元気になるようであった。
「いらっしゃいませ」
「おはようございます、ハーブ味クッキー!」
「おはよう、ミルク味クッキー。あ! その花……」
 大事に両手で抱えた植木鉢に、ハーブ味クッキーが幼いクッキーを見守るような優しい視線を向けてくる。見やすいよう植木鉢を少し持ち上げながら、ミルク味クッキーは尋ねた。
「このお花、昨日ハーブ味クッキーが配っていたんですよね?」
「はい、そうですね。……実は植物を育てるのは大変なんじゃないかっていう話を、最近よく聞くから。確かに気難しい子もいるんですけどね。だから最初に育てやすい子達を育ててもらって、改めて植物の良さを知ってもらいたいなと」
「なるほど、そうでしたか!」
 店内のあちこちにある植物を優しく見回しながら話をするハーブ味クッキーに、ミルク味クッキーは大きく頷く。確かにこの王国で暮らすクッキー達は、あまり植物を育てたことがなさそうなものも多かった。現にミルク味クッキー自身がそうだ。しかし花壇や植木に目を遣って、表情を綻ばせるクッキーも決して少なくない。自分で世話をしてみたのを機に、ますます植物に興味を持つかもしれなかった。
「実はこのお花のことで相談がありまして」
「ジニアって言うんだ、その花」
「ジニア、ですか!」
 名を知って改めて花を見てみれば、さらに身近に感じてミルク味クッキーは微笑む。
「それでどうしました? あ、良かったらそこに座ってください」
 店内にひとつだけある素朴な木のテーブルに促されたミルク味クッキーは感謝の言葉を伝え、こぢんまりとしたチェアに腰を下ろす。植木鉢をテーブル中央の端の方に寄せて置いていると、「ちょっと待っててくださいね」と後ろから声を掛けられた。目を向けてみれば、ハーブ味クッキーは何やらカウンターの奥で作業をしている。からん、と耳に入ってきたのは涼しげな音で、どうやら冷たい飲み物を用意してくれているようだ。
 やがてトレイを持ってやってきた彼は、テーブルにそれを置くと「僕も少し休憩しようかな」と言って、向かいに腰を下ろした。
「いつもはあたたかいのを飲むんですけど、今日は水出しのハーブティーにしてみました。ミルク味クッキーの口にも合うといいな」
「わあ、綺麗な色ですね! いただきます」
 ストローがささったグラスの中をしげしげと見つめてから、ミルク味クッキーは口をつけた。赤い色のそれはほど良く効いた酸味が爽やかで、思わず笑顔になってしまう。口にする機会が多いゼリーベリーとはまた違った酸味だ。これは何かと聞いてみると、ローズヒップとハイビスカスのお茶だとハーブ味クッキーも嬉しそうに笑う。
 それから二種のクッキーの視線は、ごく自然とお互いの間にある植木鉢へと向かった。
「僕は雪国で育ったので、こういったものを育てた経験がないんです。なのでハーブ味クッキーにコツを聞こうと思って」
「そうだったんですね! ジニアは暑さにも強い子だから、そうだなあ……。このまま鉢植えで育てるならこの子が喉が渇いてそうな時に……あ! ええっと土が乾いてたら根元にお水をあげてください」
 喉が渇いてそうな時……とミルク味クッキーは内心首を傾げていたが、すぐに分かりやすく言い直してもらえたのでほっとした。
「あとはたっぷり日光浴させてあげてほしいな。基本的に、植物は太陽が好きなんだ」
「太陽…――あっ!」
 大きな声にハーブ味クッキーが、そして当のミルク味クッキーも驚きに目を丸くする。謝ろうと慌てて口を開こうとしたものの、それを思い直し、なるべくゆっくりハーブティーをストローで吸った。そうすれば少しは落ち着くだろうと考えたのだ。その判断は正しく、グラスの中身が減った分だけ冷静になることが出来た。
「すみません。実は、元々このジニア……ダークチョコクッキー様がパンケーキ味クッキーからいただいたものなんですよ」
 ミルク味クッキーの言葉に、ハーブ味クッキーは納得したように頷く。
「ああ。パンケーキ味クッキーは昨日はよく手伝ってくれたんだけど、そっか……。ダークチョコクッキーにもこの花を渡したんだね」
 呟くように小さく言って、彼は少し寂しげにジニアを見つめた。ミルク味クッキーもやはり同じような目を向ける。太陽を愛する花を、日差しを浴びることすら叶わないクッキーに育てろというのは、あまりに酷な話に思えてならなかった。
 沈黙が落ちる。ジニアの花も先ほどまでとは打って変わって、どこか悲しそうにうなだれているように見えた。
「……ジニアはちゃんと育てたら、長い間花を咲かせてくれるんです」
 グラスの中で溶けた氷が音を立てたのをきっかけに、ハーブ味クッキーが顔を上げた。
「だからミルク味クッキーが育てた子達を、ダークチョコクッキーにも時々見せてあげたらいいんじゃないかな」
 優しい微笑みを浮かべたハーブ味クッキーは、まるで本物の植物のようだとミルク味クッキーは思った。だってその笑顔を見るだけで、こんなにも元気が湧いてくるのだから。
「そうですね! しっかりとお世話して、ダークチョコクッキー様にも喜んでもらいましょう…!」
 そう声を掛ければ、花が元気良く応えてくれたように見えた。この花が綺麗に咲いている姿を見れば、きっとダークチョコクッキーも嬉しく思ってくれるに違いない。
 やはりクッキーも花も、元気いっぱいでなくては! そんなふうに考えて、ミルク味クッキーにもすっかり笑顔が戻ってくる。
「日光が苦手な子もいるから、今度ここにも置いてみようかな」
 ハーブティーを飲み終えたハーブ味クッキーがそう呟くのを聞き、そういえば故郷の寒空にも負けじと育つ植物があったのを思い出して、本当にいろんな種類の植物があるんだなとミルク味クッキーは改めて感心する。
「日光が苦手というと、何だかヴァンパイア味クッキーみたいですね!」
「ふふ、そうだね! ……クッキーも植物も、みんなそれぞれ特性が違って、それがいいんですよね」
 笑い合っていると、店中の花達もみんな楽しそうにしているように思えてきて、ハーブ味クッキーが植物を愛する理由が何となく分かる気がした。
 ごちそうさまでしたとハーブティーの入っていたグラスをトレイの上に静かに戻すと、ミルク味クッキーは財布を取り出す。それを見てハーブ味クッキーはやんわりとを振った。
「僕が勝手に出しただけだから。それに、植物の話が出来て嬉しかったです!」
 そう言われてしまっては、勝手にコインを置いていくわけにもいかないだろう。ミルク味クッキーはそれじゃあ何か買っていこうと、店内を見てみることにした。
「ダークチョコクッキー様からお花をいただいたから、何かお返しをしたいんですが――」
 何がいいだろうか。にっこり笑ったキャンディフラワーと目が合う。その隣の幸せの植木鉢も見ているだけでほんわかとした気分になってくるし、ガラスの花のブーケなんてロマンティックでいいかもしれない。それとも花瓶と共にクリームローズのブーケを贈ってみるのはどうだろうか?
 ブーケを渡す想像をしたミルク味クッキーが顔を赤らめるのを、一緒にお返しを探してくれていたハーブ味クッキーは不思議そうに見つめていたが、突然何か閃いたようで、音を立てて手を合わせると急ぎ足でカウンターの方に向かった。
「これなんてプレゼントにどうでしょう!」
 戻ってきた彼の手にあったものの説明を聞いて、ミルク味クッキーはぱあっと表情を明るくした。
「それを下さい!!」

* * *

 昼を少し回った頃ついに降り始めた雨を窓越しに見遣り、ダークチョコクッキーは長い息を吐き出した。とうに慣れた筈の黒い空は、それでも決して気が晴れるものではない。
 ふと、昨日目にした鮮やかな黄色を思い出す。あの花を見ていると不思議と気が楽になったが、だからこそすぐには枯らしたくないと思った。花の知識は乏しいものの、やはり太陽の光が必要不可欠に違いない。王国の外れにあるこの場所では剣の呪いに引き寄せられた暗雲が生憎の雨を降らしているが、中心部はきっとよく晴れている筈だ。今頃あの花はミルク味クッキーの家で日に当たり、元気よく咲いていることだろう。
 カーテンを引き外の世界を遮ってしまうのと同時に、手放した花のことも忘れたつもりになって、さっさと想像を打ち消した。
 それから少しして。強くなった雨音に紛れてドアを叩く音が飛び込んでくるのに、ダークチョコクッキーは驚いた。こんな悪天候に一体誰が……と考えたところで脳裏に過ぎったのは、白くて優しい香りのするクッキーだった。他のクッキー達が顔を見せることもあるにはあったが、天候の悪さなどお構いなしにやってくるのは大抵そのクッキーだったのだ。
 ドアを開けてみれば想像したとおりのクッキーが傘を差し、紙袋を持って立っていた。突然お邪魔してすみません、と謝る声を無視してタオルを押しつけるように手渡し、急いで中に招き入れる。傘を差していたからといって、まったく濡れないわけではないのだ。すっかり湿気ってしまっていなければいいのだが。ダークチョコクッキーは少し心配になる。
「タオル、ありがとうございます! あの、お湯を沸かしてもいいですか?」
「それは構わないが……」
 雨に濡れたせいで寒くなってしまったのだろう。何かあたたかいものを飲みたいに違いないと、コーヒーか紅茶ならすぐに用意出来ると声を掛けたのに、ミルク味クッキーは首を横に振った。
「飲み物は僕が入れるので大丈夫です! それではキッチンをお借りしますね」
「……?」
 濡れた体を拭くのもそこそこに、彼は紙袋を手に持ってキッチンの方へ行ってしまった。
 ……私が待つ方なのか? 残されたダークチョコクッキーは首を捻る。とにかくミルク味クッキーが元気そうなのは良かったが、一体何をしにきたのだろう。自分の家だというのに居心地が悪く感じるソファに無理やり腰を落ち着けると、彼が戻ってくるのを待った。
「お待たせしました!」
 しばらくして、戻ってきたミルク味クッキーはトレイを持っていた。丸っこい透明のポットが載っている。見覚えのないそれは、さっきの紙袋に入っていたのだろうか。ポットの中はまだ空っぽのようだ。他にマグカップがふたつ載っていたトレイをダークチョコクッキーの目前のテーブルに置くと、ミルク味クッキーはもう一度キッチンに向かい、今度はすぐに帰ってきた。その手にある見慣れたケトルは湯気を立てている。
「ダークチョコクッキー様、そのポットにこれを入れてください」
 向かいに座った彼が片手で何かを渡してくる。受け取ったのは小さな透明な袋に入った球状のものだった。最初は大きめの種かと思ったそれは、何やら葉っぱを丸めて縛っているように見える。
 もう一度促されて、ダークチョコクッキーは正体が分からないままのそれを言われたとおり透明のガラスポットの底に置く。
「中を見ててくださいね」
 ゆっくりポットにお湯がそそがれていく。中が満たされるとダークチョコクッキーは蓋をして、言われるままに中の様子を伺った。すると先ほど入れた球状のものが、お湯の中で動き始める。丸まっていた葉が緩やかに開き始めたかと思えば、そこから鮮やかな赤と黄色が飛び出した。
「これは……花か」
「はい! 千日紅と菊の花だそうです」
 お互いに視線はポットの中に釘づけのまま会話する。
 最初丸まっていたそれはお湯の中を漂いながらポットの中で葉を、そして鮮やかな色の花を広げていき、気付けばポットの中には二種類のものが一体となった美しい花が咲き誇っていた。透明だったお湯も薄い黄緑に色づいている。
「見てるだけでも満足しちゃいますけど、これ、お茶なんですって。さあいただきましょう」
 言いながらミルク味クッキーは、ふたつのマグカップにポットの中身をそそぎ入れる。花が崩れてしまわないようにか、いつも以上に丁寧だった。
 マグカップを手にしたダークチョコクッキーは、湯気と共にのぼってくる落ち着く匂いを吸い込む。ジャスミンだろうか。味の方も穏やかで飲みやすい。それにしても。ポットにお湯を足してから同じように香りを楽しんでいるミルク味クッキーに、お茶をひとくち飲んでから尋ねた。
「これは一体どうしたんだ」
「ハーブ味クッキーのとっておきです! 昨日、ダークチョコクッキー様にプレゼントをいただいたので、そのお返しにと」
「――プレゼント?」
 ダークチョコクッキーはマグカップから口を離し、真向かいのクッキーの顔を見つめた。昨日は、花を押しつけた際に会ったきりである。まさかあれのことを言っているのかと、申し訳なさにいたたまれない気持ちになった。
「……ミルク味クッキー、昨日のことだが」
「ダークチョコクッキー様のおかげで元気が出るお花と出会えました! ありがとうございます!」
「……」
 まっすぐ見つめ返されたまま礼まで言われてしまい、ダークチョコクッキーは閉口する。何となくそれ以上は言わない方がいい気がして、再びお茶を飲むことにした。
「おいしかった。……感謝する」
 飲み終えてトレイの上にマグカップを戻すと、ほぼ同じタイミングでミルク味クッキーもマグカップを置いた。それから花が浮かんだガラスポットを手に取って微笑み、もう一杯どうですかとすすめてくる。ダークチョコクッキーは頷き、マグカップを寄せた。
「この花のお茶は、飲み終わっても水中花として楽しめるらしいんです」
「水中花…?」
「はい。今度はお湯じゃなくて水を入れてお世話してあげると、一週間ほど持つそうですよ」
「そうか……」
 ダークチョコクッキーは、少なくなったお湯の中で咲いている花を見下ろす。何故ミルク味クッキーがこのお茶をわざわざ自分にくれたのか、理解した。彼は昨日花を押しつけられた理由に気付き、そしてダークチョコクッキーが気兼ねなく楽しむことが出来る花を、お返しだと言ってプレゼントしてくれたのだ。
 マグカップを手に持つ。一杯目と比べると冷めてしまっているにもかかわらず、お茶がよりおいしく感じるのはどうしてだろうか。
 ダークチョコクッキーがお茶を飲むのをにこにこと眺めていたミルク味クッキーだったが、ああそうだと何か思い出したように口を開いた。
「昨日のお花ですが、しっかりお世話すれば長い間花を咲かせてくれるらしいんです。だからもし良ければ、時々見に来てあげてください」
「いいのか? 私が近くにいると……」
「大丈夫です! 僕はもちろん、お花もきっと喜んでくれますよ」
 ねっ、と笑いかけられてダークチョコクッキーは首を縦に振っていた。何日間も滞在するわけでもないなら、そこまで日差しの心配をすることもないだろう。ちらりと目を遣った外はまだ激しい雨が降り続いていたが、室内はとても穏やかだった。
 お茶の残りをゆっくり飲みながら、今度はガラスポットに目を向ける。これから一週間ほど楽しませてくれるらしい花を見つめているうちにふいに過ぎったそれを、提案してみることにした。
「ミルク味クッキー」
「はい!」
 呼べばすぐさま返ってきた返事にふっと目を細め、ダークチョコクッキーは続ける。
「お前もまたこの花を、見に来ればいい」
「え……?」
 驚いた表情のままミルク味クッキーが固まる。そういえば彼はよくここを訪ねてくるのに、自分からは招いたことがなかったなと思い返しつつ、ダークチョコクッキーは薄い色の目をしっかり見据えた。
「喜ぶと思うぞ。花も――オレも」
 まるで花が開くように笑顔になっていく目の前のクッキーに、ダークチョコクッキーも口元を綻ばせた。
(by sakae)


END
(21-05-19初出)

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