※無断転載・AI学習を固く禁じます。
それはあっという間の出来事だった。まるで青空に溶けていくかのように黒い雲は散り、消えていく。その光景に、あちらこちらから感嘆の声が上がった。
呆気なく姿を現した太陽は、つい今しがたまで闇に支配されていた世界にいたもの達からすれば強烈なほど眩しく、ミルクは思わず目を細める。青々とした空が輝いて見えた。
「いい天気になりましたね」
空を仰いだまま言った。その声に反応を見せたものもいたのだが、ミルクが話しかけているのが誰なのかを悟ると、皆一様に側を離れていった。近くの気配がすべて遠ざかってから、再び口を開く。
「あなたはきっと、この光景を見たかったんですよね」
空の眩しさに慣れてきて、ゆっくりと視線を落としていく。輝かしい陽光が照りつける大地は、しかし無惨にも荒れ果てていた。地面は抉れ、折れた金属片がそこかしこに散乱し、草の絨毯は飛んだ血に汚されている。それらは暗雲が立ち込めていた時よりも痛々しく感じられた。
それでも吹く風は優しく、あたかも戦いの終わりに安堵の息を漏らしているようであった。
戦いの痕跡が色濃く残る地で、一際目立つ黒に視線を向ける。横たわったそれは、もう動くことはない。暗黒の世界を作り出した張本人――絶大な力を欲して闇に惹かれ、そうして闇に愛され囚われ続けてしまった男。
だが彼は光を求め続けてもいた。ミルクはひざまずいて、男の顔を近くで見下ろす。
「あなたがそんな顔をするの、初めて見ました」
微笑んだまま事切れている男の頬を、指先でそっと撫でる。彼は己の最期を悟った瞬間、笑った。心の底から幸せそうに。
――ああ、これでやっと……。
続けようとした言葉が何だったのか、もはや知りようがない。ただひとつミルクに分かるのは、彼がすべてのしがらみから解放されたということだけ。闇が晴れたのが何よりの証拠だった。その死をもって、彼を捕らえ続けていた闇の檻は壊されたのだ。
男の顔についた血をなるべく綺麗に拭っていく。本当に穏やかな表情だった。ようやく見せてくれたそれが最後の最後だったことだけが、残念でならなかった。ミルクの胸を突き刺す痛みは、おそらくこれから先もそこに残り続けるのだろう。けれどそれでも良かった。この男を、ずっと忘れないでいる為に。
開かれたままの男の目を閉ざすべきか否か悩んだが、きっとそのままの方がいいと思って手を引っ込めた。男は、今も空を見続けている。
その赤い瞳は黒い空が割れるのを、ちゃんと見届けることが出来ただろうか。望んでいた太陽を浴びることが出来ただろうか。分からなかったが、そうであってほしかった。
ミルクは手を組んで目を閉じると、男の安らかな眠りを願った。せめてこれからは、光満ちる世界へと行けますように――。陽光が男の頬に落ちるしずくをきらりと輝かせた。
青い空に現れた白い雲が、ゆっくりとゆっくりと、進んでいく。
(by sakae)
END
(21-03-13初出)
※コメントは最大3000文字、5回まで送信できます