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――ああ。またか。
朝日を招き入れようとカーテンを開けたばかりのダークチョコクッキーは、出来るだけ静かに息をつく。その背中に向けられているのは、とても熱い視線。他のクッキーが聞けば自惚れているのではと笑われてしまいそうだが、これだけは間違いではない。毎日飽きもせずこちらを見つめる双眼は、もしかしたらあの魔女のオーブンより熱いのではないかと疑いたくなるほどだった。
「何か用でも?」
「……あ、いえ!」
振り返るとやはりこちらにその髪と同じ淡い色の瞳を熱心に向けていたミルク味クッキーは、一瞬反応が遅れたものの、やんわり片手を振った。
「ただダークチョコクッキー様を見ていただけですよ!」
「……」
分かっているから聞いたのだが。言葉の代わりに口から漏れ出たのは溜息だった。それを見て、ミルク味クッキーは首を傾げる。
「体調が悪いようには見えませんでしたが……。どうかされましたか?」
すっとんきょうな問いかけに頭痛を感じたのは、どうやら悟ってもらえないらしい。ダークチョコクッキーは小さく首を横に振って、テーブルへ足を向けた。
すると待ち構えていたかのように、ミルク味クッキーが朝食を載せたトレイを持って近づいてくる。
「ふふ、ひょっとしてお腹が空いてました? さあ、朝食をいただきましょう!」
「……ああ、いただきます」
それは間違いではないので今度は否定せず、食事を始めることにした。暗い色のマグカップに入っているのは今日もカフェラテだ。本当はブラックが飲みたかったが朝からそれは刺激が強すぎますよ、といつも早起きなミルク味クッキーが毎朝用意してくれるのはカフェラテかホットミルクかのどちらかであった(時々ココア味クッキーからおすすめされたという入れ方でココアを出してくれることもある)。用意されたそれらはおいしいので文句はない。ないのだが――。
食べている最中にも何度か手を止めてまでこちらに熱視線を送ってくるので、食事を終えカフェラテも飲み干したダークチョコクッキーは、今日こそはと意気込んでマグカップを置く。気合いが入りすぎたのか、マグカップの底が少し大きな音を立ててテーブルにぶつかった。
「ミルク味クッキー。この際はっきり言わせてもらうが」
「はい! 何でしょうか」
話を振られたミルク味クッキーが元々まっすぐ伸びていた背筋をさらに伸ばすように座り直すのを見て、まさか怒っていると思われてしまっただろうかと、ダークチョコクッキーは少し気まずさを覚えた。
「何故お前は、私を、その……そんなに熱心に見てくるんだ」
はっきり言うつもりが言い淀んでしまう。もし彼にその自覚がなければ何のことだか理解出来ず、それこそ自惚れたクッキーだと思われてしまうかもしれない。
きょとんとしているミルク味クッキーに、いよいよ不安が大きくなる。今からでも「気のせいかもしれないが」と付け加えた方がいいだろうか。気まずさに耐えかねたダークチョコクッキーが口を開きかけたその時、ミルク味クッキーがにっこりと笑った。
「だってダークチョコクッキー様がいつも素敵でカッコイイので、つい。……ご迷惑でしたか?」
「――ああ、いや。迷惑というよりは気が散るというか、こそばゆいというか……」
かつての自分であれば熱い視線や羨望の眼差しはさぞかし心地の好いものであっただろうと、ダークチョコクッキーは考える。今となっては、たくさんのクッキー達に期待を向けられるような存在ではなくなってしまった。
込み上げてきた暗い気持ちに口を噤んでしまう。すると席を立ったミルク味クッキーが、すぐ傍らまでやってきた。その顔を見上げるより先に膝に置いていた手に白くサクッとした手が添えられて、目は自然とそこに釘付けとなる。
「ダークチョコクッキー様」
両手でそっと持ち上げられた自分の手を目で追えば、ミルク味クッキーの顔が視界に入ってくる。優しくあたたかなその瞳は今、ダークチョコクッキーだけに向けられているものだ。自分の胸にふたり分の手を宛てがいながら、ミルク味クッキーは続ける。
「自らの罪と向き合うという決断をなさった今のあなたは、昔のまま――いえ。あの時より、ずっとずっとカッコイイですよ!」
昔というのはまだ彼が幼い頃に初めて出会った時のことだ。あの時ダークチョコクッキーに対してどう思ったか、今でも繰り返し語ってくるから間違いない。思い出を美化しすぎだと何度も言っているが、いつも否定されてしまう。
闇に堕ちた愚かなクッキーを目の前にそんなことを言えるのは、おそらくこのクッキーくらいだ。ダークチョコクッキーは呆れながらも、嬉しく思っている。
「……そうか。やはり変わっているな、お前は」
「そんなことはないと思いますよ?」
思わず笑みをこぼすと、ミルク味クッキーも嬉しそうに笑った。
ゆっくり解放された手が、ほんのりとあたたかくなっている。先ほど感じた筈の心の中の闇は、いつの間にか消え去ってしまっていた。ミルク味クッキーはいかに自分が救われたかいつも熱く語ってくるが、今救われているのは間違いなくこちらの方だろう。ダークチョコクッキーが感謝の言葉を口にしようとするより早く、彼が大きな声を出した。
「……あ、でも。いつもカッコイイというのは、やっぱり違ったかもしれません」
何だと! とも、それはそうだろうとも、何も言えないままのダークチョコクッキーに、彼は顔を近づけてくる。
「だって、かわいいって思っちゃう時もありますから」
「な――」
思いもよらないセリフに、そして見えない方の目に落とされたその感触に、ダークチョコクッキーはただただ絶句するしかなかった。ほらやっぱりかわいいです、と至近距離から聞こえた甘い声には、幾多の死線をくぐり抜けてきた筈の体でさえ、すぐさま動いてくれそうにない。
(by sakae)
END
(21-02-06初出)
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