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夕方になってもクッキー王国は活気的で賑やかだ。それでも茜色の街並みには切なさを感じる。そう思っているのはどうやらミルクだけではないようで、隣に立つ男もどこか浮かない顔をしているように見えた。そんな彼に向き直ると、ミルクはぺこりと頭を下げる。
「今日は付き合ってくださってありがとうございました! ダークチョコ様と過ごせて楽しかったです」
ダークチョコの視線がゆるりと動く。彼が小さく頷いたのを確認して、ミルクは改めて口を開いた。
「それじゃあ、また明日!」
「……ああ」
別れの挨拶を告げると、待ち合わせた時とは反対に二人はそれぞれ逆方向に向かって歩き出す。少し進んだところでミルクは後ろを振り返った。先ほどまでのんびり街を見て歩くのが好きな自分に合わせてくれていたダークチョコは、すたすたと遠ざかっていく。
また明日とは言ったものの、ミルクは朝から数人の仲間達と王国を発つ予定になっている。顔を合わせられるかどうか微妙なところだ。だけど案外律儀なダークチョコのことだから、見送りに来てくれるかもしれない。そんな期待にミルクの頬は緩んでいく。ほんの短い間でも二人で過ごす時間は幸せなのだから、仕方がない。そうしてそんな時間の終わりには「また」と次に会う約束をして、幸福を繋いでいく。
黒い背中がほとんど見えなくなると、やっとミルクも帰路についた。
――このまま、ずっと一緒にいられたらいいですね。
初めて二人きりで迎えた朝。熱に浮かされるままミルクが発した言葉に、ダークチョコは眉を寄せた。さすがのミルクも物理的にずっと一緒にいるのは無理だと分かっていたし気持ちの上での話だったのだが、想定外な反応に大きなショックを受けた。胸を焦がすこの想いは一方的なものだったというのだろうか。さあっと青ざめていくミルクに、ダークチョコは首を横に振った。
「お前とのことを軽く考えているわけではない。ただ……」
そこで一旦言葉を区切った彼は、カーテンの隙間から差し込む光に目を向けた。
「ずっと続くものなんてないだろう。いつかはお前と過ごすこんな時間も、終わってしまうのだと思ってな」
ダークチョコが思い浮かべているのは、生まれ育ったあの王国のことだろうか。寂しそうな横顔に、ミルクの胸も痛くなる。きっと初めて出会った頃の彼は、追われるようにして故郷を離れることになるだなんて、思ってもいなかったに違いない。
「……すまない。今このタイミングでするような話ではなかったな」
黙ったままでいるミルクに、ダークチョコが申し訳なさそうに俯く。そんな彼の体を、ミルクはぎゅっと強く抱きしめた。
「それなら、一日一日をたくさん積み重ねていきましょう!」
すぐに腕の力を緩め、首を傾げているダークチョコと目を合わせると笑って続ける。
「簡単なことですよ! 今日からお別れする時に「また明日」だとか「三日後にカフェで」って、次に会う約束をするんです。そうすれば、僕達の時間は続いていくじゃないですか!」
「それは……」
「屁理屈かもしれませんね。実際には会えない日だってあるでしょうし。でも、次はきっと会えるって思ったら僕はすごく楽しみですよ!」
そんな日々が続けば〝ずっと〟だってありえるかもしれない。子どもじみた考えではあるが、ミルクは本気だった。だからそれからは、別れ際には必ず次に会う約束を口にするようになったのだ。
「帰ったらすぐ顔を見せにいきますから!」
一夜明け、ミルクは見送りにきてくれた仲間の一人に大きく手を振った。半月ほどの予定なので、少しの間大好きなその人の顔も見られない。そんな寂しい気持ちがないわけではなかったが、必ずまた会える。そう信じているミルクは笑顔のまま旅立った。
「やあやあ、すっかりお熱いことで」
出国した仲間達を遠目に見守るダークチョコをからかってきたのは、ヴァンパイアだった。朝早い時間に出会うとは珍しい。決して見送りにきたわけではなさそうな彼がここにいる理由は、それでも大体想像がつく。胸焼けしそうだと軽口を叩いたヴァンパイアだったが「まあ、何があるか分からないからね〜」と呟くと、目をすっと細めた。クッキー王国の中は平和そのものとはいえ、戦いに身を置くもの達が常に危険と隣り合わせにいることは、彼もよく知っている。
「僕としては、まったりブドウジュースを飲む日々を満喫したいものだよ」
「そうだな。……ところで、錬金術師がお前を探しているようだったが」
「あ〜あ。そういうことは知らないフリをしててくれよ」
めんどーだ、と溜息を吐くと同時に小さなコウモリへと姿を変えた彼が向かった先は、妹の元ではなさそうだ。やれやれとダークチョコは肩を竦める。すでに視界からはミルク達の姿も消えていた。
いつ、どんな形で当たり前だと思っていた日常が崩れ去るのか、誰にも分からない。永遠に続くと思っていた雪に閉ざされた王国での日々は、もはや遠い過去の話だ。ここでの暮らしも、そしてミルクと共に過ごす穏やかな時間も、いつかはそうなるのだろう。
胸に降り積もっていく不安は、それでも優しいあの声が約束の言葉を紡ぐたび、少しずつやわらいでいった。ずっと先の未来、彼の隣にいる自分の姿なんて、想像もつかない。なのに「また明日」と彼が笑いかけてくれるだけで、本当に明日も彼と共にあることが出来るのだと、段々そう信じられるようになってきた。それに。
「あ、ねえねえダークチョコ! これから討伐に向かうメンバーを探しているんだけど、キミもどうかな?」
ステッキを片手にこちらに駆け寄ってきた少年に、ダークチョコは大きく頷いてみせる。
「オレで良ければ力を貸そう」
「わあ心強いよ、ありがとう! えっと、あとは回復してくれる仲間も必要だから――」
仲間の名前を挙げながら歩き出した少年に続こうとしたダークチョコだったが、やわらかな日差しを受けて足を止める。大きな雲の後ろから出てきた太陽は、今日も眩しい。
「ん? 何か嬉しそうだね! いいことでもあった?」
「……そうかもしれないな」
空を見上げたまま、ダークチョコはふっと表情を緩める。日常の終わりは、決して悪いことばかりではなかった。
少年と街の中心部に向かっている途中、ふと気に掛かったのは背中の重み。長年使っていたあの剣の代わりは未だ違和感が残っている。だが、これが手に馴染む日はきっと遠くない。最近はそう思えるのだ。
* * *
街灯に照らされ、前方に長く伸びる自分の影を追いかけるようにしてミルクは歩く。なるべくゆっくり歩いているのは、大切な人と少しでも長く一緒にいたいからだ。それでも目的地まですぐだった。自分の家の前までやってくると、先に立ち止まったダークチョコの方に体を向ける。
「明日が何も予定が入っていなければ良かったんですが……」
せっかく久しぶりに会えたのに、とミルクが眉尻を下げたのは一瞬で、にこりと笑う。
「でも本当に、大きな怪我もなくて良かったです!」
「お前もな」
ミルクが王国を出たあと討伐に向かったダークチョコは、夕方に帰ってきたばかりだった。夕食を共にしたものの、まだまだ話し足りない。けれどミルクは明日も朝から用事があったし、ダークチョコだって疲れているだろう。だから次の楽しみにしておくことにしようと思い直したのだ。
「それじゃあ、ダークチョコ様……」
いつものように続けようとしたミルクだったが、ダークチョコが微笑んでいるのを見て思わず言葉を失くしてしまう。
「ああ。――また明日、な」
それだけ言うとさっさと踵を返したダークチョコに、ミルクは慌てて手を振った。
「おやすみなさい! お気を付けて……!」
振り返りこそしなかったが軽く片手を上げてくれたダークチョコに、ミルクも笑った。明日もまた、この幸せは続くことだろう。
(by sakae)
END
(24-08-17初出)
「 文字書きさんの性癖シチュ四大癖書 」で募集して「また明日と約束をする/ミルダク」で書かせて頂きました!
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