「そろそろ北大陸に戻るよ」
突然ヤーデにやってきた従弟は、帰るのもまた唐突だった。私達は昼食を済ませたあとも席に残って話し込んでいたが、ふと窓の方に目を向けた彼が思い出したように言ったのだ。
そろそろ、なんて曖昧な口ぶりではあったものの、私が執務を終える頃にはいなくなっているに違いない。懐かしそうに窓の外を見遣る横顔は、すでに心ここにあらずな様子だ。身ひとつで動ける彼は、思い立ったらすぐ行動に移すことが出来るのだろう。帰郷の連絡さえ寄越さずここへ来たのも、そういう理由からだったのかもしれない。私とは違う世界で生きているのだと、改めて思い知らされる。
その翠眼が捉えているのは、冒険者仲間達の姿だろうか。見るからに彼が大切に想っている仲間達は、きっと彼のことも大切にしてくれている。話を聞いているだけでそう確信が持てるのに、安堵の気持ちで満たされる筈の私の胸には、鈍い痛みが走っていた。
大伯父上と同じ名を捨てた従弟の帰る場所は、もはや生まれ育った故郷ではない。この数日間、彼が家を出てからの話を聞き、その口から私にとっては聞き馴染みのない名や用語が飛び出すたび、そんな現実を突きつけられているように感じてしまう。従弟の新たな生き方を喜ばしく思う一方で、私は寂しさを募らせていたのだ。
一体今度彼と会えるのは、いつになるだろう。叔父上の形見を持ち歩く彼が再びここに戻ってくる理由なんて、果たしてあるのだろうか。そう考えると、もう〝今度〟はないのかもしれない。
従弟が窓から視線を外した瞬間、知らず知らずのうちに俯き加減になっていた私はしっかりと顔を上げ、明るい声を出した。
「今度はどんな場所を冒険するつもりなんだい?」
「そうだな……どんな場所か分からないところかな」
いい加減に答えたわけではないのは、真剣な表情を見れば分かる。開拓が進んでいるとはいえ、未だ北大陸の多くが未開地のままだ。生息しているモンスターも南大陸よりずっと凶暴だと聞くし、一体何があるのか実際にそこを探索している冒険者にも予測がつかないのだろう。そうした実情に、私は思わず眉をしかめた。
「ギュスターヴ、あまり危険なことは……いや、これは今の君に言うべき言葉ではないな」
目的の為自ら危険に飛び込んでいく冒険者に、無茶をするなと言ったところで意味がない。そんなふうに分かりきってはいても、心配になってしまうものだ。私の口からはつい、大きな溜息がこぼれ落ちていた。
「なるべく危険は避けるつもりだ」
少々口うるさく感じられてしまったかもしれない。そんな私の不安をよそに従弟が神妙に頷いてみせたのは、彼の仲間が彼以上に無茶をやらかすからだろう。時折苦笑を交えながらも実に楽しげに語られる冒険談を、つい先ほども聞いたばかりだった。
話している時と同じ顔になった従弟から目を逸らすと、私はテーブルに用意されていたグラスを手に取った。すぐには口をつけず、グラスの中で揺れる水をじっと見下ろす。従弟と同じ道を歩むつもりなんてないのに、そのやわらかな笑みを向けられる彼の仲間達を羨ましく思ってしまう。まるで子供じみた感情に、自分でも驚いていた。
しかしそれほどまでに信頼出来る人達が彼の側にいてくれるのは、やはり心強いことだ。ゆっくりと冷たい水を喉に流し込んでいくうちに、そう思えるようになってくる。
「デーヴィド」
呼びかけにグラスから口を離した私の目をまっすぐ見つめながら、従弟は続けた。
「君にはまた私の無事を確認してもらおうと思っているんだが、構わないか?」
いたずらっぽく細められた目は、彼の仲間達へのそれとは少し違っているように感じられる。それでも水で冷えた筈の喉の奥が、一気に熱くなった。
「……そういうことなら、手紙だけというのはなしだぞ」
「もちろん。実際に確かめてもらうつもりだが?」
グラスを戻す手が震えそうになっている私の気持ちなど知る由もない従弟は、平然と言ってのけた。彼はまた、やってくる。このヤーデに――私の元に。
「それなら、なるべく早く私を安心させてくれ」
首肯するのを見てようやく胸を撫で下ろした私は、すっかり頬が緩んでしまっていることに気が付いた。
END
(26-10-14初出)

※コメントは最大5000文字、5回まで送信できます