「ごめんなさい、立ち聞きするつもりはなかったのだけど」
港を散策していたプルミエールは、グスタフが行商人に手紙を預けているところに出くわしてしまった。手紙の宛先は、彼の従兄であるというヤーデ伯デーヴィド。偶然とはいえ、あまり知られたくないことだったに違いない。慌てて謝ったのだが、グスタフはさほど気にしていないようだった。
「構わない。どうせ届かない手紙だ」
「あら、どうして?」
「傍から見れば不審な手紙でしかないだろう」
そういえば行商人に名を聞かれた彼は、普段どおりグスタフと名乗っていた。それなら本名で送れば良かったじゃないとプルミエールは言いかけて、やめた。平和条約が締結されて以降かなり減ったとは言われているが、まだギュスターヴの子孫を名乗る者がいなくなったわけではない。警戒されるに決まっている。
それにしても。プルミエールは海を見つめているグスタフを、横目で見遣った。届かないであろう手紙を出したというのに、どこか満足げにさえ見えてしまう。
「自分の気持ちを形にするのは、案外悪くないものだ」
「そうね」
プルミエールは海に向かって頷く。ようするにグスタフも、自分と同じだったのだ。
ジニーから手紙の約束の話を聞いたのは、洞窟に向かう三日前のこと。その夜から、プルミエールはひっそりと文をしたためるようになった。自分で書きながら、驚いたものだ。こんなにも、義母に伝えたいことがあっただなんて、と。
「君は手紙を出したのか?」
こちらを向くことなく、グスタフが尋ねてくる。彼にしては珍しく踏み込んだ一言だ。プルミエールはふっと息を吐き出した。
「私は、出すつもりはないの」
書き溜めた手紙を、しかしプルミエールが送る予定はない。風の噂で義母が当主の座を退いたと聞き、その居場所が分からないという理由も、なくはなかった。だが、決してそれだけではない。
「船が出るぞー!」
叫ぶように言ったのは、船乗りだった。手紙を託された行商人を乗せた船が、出港する。目で船を追いかけながら、プルミエールは続けた。
「いつか、私がその人と話したくなった時には、直接会いに行くつもりなのよ」
その時ならきっと、義母がどこで暮らしていたとしても見つけられる気がした。
「君は……、意外に大胆だな」
こちらを振り向いたグスタフは、驚いた顔をしていた。少しして我に返ったのか、表情を引きしめた彼が詫びてくる。貴族として育った彼のことだから、女性に向けるには失礼な言葉だったと考えたのだろう。プルミエールは急いで口を手で覆ったが、込み上げてくる笑いは隠せそうになかった。
「やだ。今まで気付いてなかったの? 私、すごく大胆なんだから」
身分を捨て去り、この身ひとつで広い世界に飛び出した冒険者が大胆でなければ、一体何だというのだろう。同じ大胆さを持つ筈の男も、釣られるようにして笑みを浮かべた。
次第に小さくなっていった船は、やがて大海原に消えていく。
END
(26-03-14初出)

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