ミルク × ダークチョコ(擬人化)
全年齢向け/本文140P(小説部分137P)
A6(文庫) /約6万字
カバーつき/550円
※死ネタがあります!グロ描写はありません。
・人によっては後味が悪い終わり方に思えるかもしれません。死ネタが苦手な方はご注意ください!
・最新ストーリーがEP14の時に書いたものです。
・執筆時点でキングダム未実装のキャラも登場します。(サンプル部分に掲載)
・名無しのキャラが喋る場面が数ヶ所あります。
剣の呪いから解放されたダークチョコがミルクと共にクッキー王国を出て、あちこち旅をしているお話。
明確な恋愛描写はありませんが、2人の距離が近いです。あと、よく食べてます!
全体的には明るめな話になっていると思いますが、一部暗かったり切なかったり。
以下サンプルとなります。
※無断転載・AI学習を固く禁じます。
瑠璃色だった空が段々と明るくなっていく。ミルクは堪えきれずに、空に向かって大きな欠伸をひとつした。新しい一日の始まりだ。
ぐんと大きく腕を伸ばした拍子に、肩にかけていた毛布が脱げ落ちる。それを片づけてしまうと同時に冷たい風が吹いた。寒い。
冷たく感じる手を焚き火であたためてから、朝食の支度に取りかかることにした。
食材を入れてある袋の中を手探りで漁ってみると、残りが少ないことに気が付く。だが心配はない。遅くとも昼過ぎには町にたどり着く筈だ。焚き火に掛けた鍋に切り分けた干し肉と、昨日採取してあった木の実を放り込む。あとはキノコが一種類入っただけの質素なスープだ。それでも最初に入れておいたハーブの香りに食欲をそそられ、煮込んでいるうちにミルクの腹は鳴り始めた。
スープが完成間近になった頃に姿を現した太陽が眩しくて、目を瞑る。テントから彼が顔を出したのも、ちょうどその時だ。ミルクは体を少し捻り、笑顔を向けた。
「おはようございます、ダークチョコ様!」
「ああ、おはよう。……今日もいい天気のようだな」
眩しそうに目を細めながらも、ダークチョコは空を仰いだまま動かない。朝陽が照りつけるその姿は、何度見ても飽きないものだとミルクは思う。今日もまた揃って朝を迎えられることが出来て、嬉しかった。
やがて空から目を離したダークチョコの視線が自分の方を向いたことに気付き、手に持ったおたまで鍋の中身を軽くかき混ぜながら座るよう促す。ちょうど食べ頃だ。深皿にスープをそそいでいく。
「残りものなので、ちょっと味気ないかもしれませんが」
ミルクの言葉に、鍋を挟んで真向かいに座ったダークチョコはやんわりと首を横に振る。
「そんなことはない。お前が作ってくれるものは優しい味がして、いつもうまいと思っている」
思いもよらぬ褒め言葉にミルクは面食らって、目をぱちくりとさせる。嬉しいのにどうにも照れくさく感じるのは辺りがすっかり明るくなり、その表情をはっきりと捉えることが出来たからだろうか。日差しを浴びた微笑みが、いつもに増して輝いて見えるのだ。
「……あ、ありがとうございます! でも僕はダークチョコ様が作ってくださるご飯も好きですけど!」
やっとの思いで早口になって言葉を返すと、スープにパンを添えてダークチョコに手渡した。鍋の中には皿に入りきらなかった分がまだ結構残っている。
「良かったら、おかわりもありますから」
ミルクの言葉に自分の皿に視線を落としていたダークチョコは顔を上げ、短い礼の言葉を口にする。熱いスープを食べる前から胸がじんわりとあたたかくなって、ミルクの「いただきます」の声は随分と大きくなってしまった。誤魔化すように、スープに浸したパンをぱくりと口に入れる。硬いパンも、こうやって食べるとなかなかおいしい。
時折ダークチョコと会話を交わしながら、ミルクは一日の始まりを短いながらも満喫した。
世界中を見て回りたい。そう言ってクッキー王国を旅立ったダークチョコに同行して、一ヶ月が過ぎた。のんびりとした、気ままな旅だ。
ミルクもダークチョコも、あの王国に腰を据えるまであちこち駆け巡っていたが、今とはまったく違った旅をしていたように思う。ミルクにはダークチョコを探し出すという明確な目的があったし、ダークチョコに至っては複雑な事情を抱えていたから、当然といえば当然だ。クッキー王国に行ってからも仲間達といろんな場所へ赴いたが、そのほとんどが慌ただしいものだった。
だが今度の旅に明確な目的はない。ダークチョコにとって、いい旅になってくれたら――ミルクが願うのは、ただそれだけだ。
町にたどり着いたのは予定どおり昼だった。ちょうど昼時の町は活気が溢れ、賑わっている。肉や野菜を焼く匂いに思わず釣られそうになるが、宿を取る方が先だ。
宿に荷物を置いたあとは、少しでも長持ちさせたい食材などを除いて、旅に必要なものを揃えていく。五日前に寄った町にはなかった香辛料をいくつか見かけ、惹かれるようにミルクは手に取っていた。町や村に寄れない間の食事はどうしても似たり寄ったりになってしまうので、味付けだけでもバリエーションがあった方が飽きないだろう。買いすぎてしまわないようにと吟味して、結局二種類だけ買い足しておいた。
買い物を終えると二人は少し遅めの昼食をとった。昼時を過ぎた喫茶店は満席ではなかったものの、まだ客は多い。明るい雰囲気の町は、そこで暮らしている人々の顔を見るだけで元気を貰えるような気がして、それだけで来た甲斐があったと思える。今も後ろの席から聞こえてくる楽しそうな会話に、ミルクはこっそり笑みをこぼす。
「足りなかったのか?」
向かいで紅茶を嗜んでいたダークチョコが苦笑しているのは、定食を食べ終えたばかりのミルクが再びメニューを開いたからだろう。昼食というには遅い時間にもやっていたランチは、ボリュームがあって満足した。したのだが、パフェかパンケーキかを悩む子どもの声を聞いているうちに、甘いものも食べたくなってしまったのだ。
ミルクは照れ笑いを浮かべながら、デザートが載ったページに目を走らせる。子どもが悩んでいるらしいパフェとパンケーキも大ボリュームだ。
「ダークチョコ様も一緒にどうです?」
素早くいくつかに候補を絞ると、ダークチョコにメニューを差し出す。
「……そうだな」
ほんの一瞬表情を硬くしたダークチョコは小さく顎を引いたあと、改めてメニューに視線を落とした。甘いものを食べようと誘えば一度ためらう素振りを見せるのは、クッキー王国にいた頃から変わらない。彼が甘いものを禁じられていたのはもう遠い昔のことだというのに、未だに抵抗があるようだった。
とはいえ、甘いものが嫌いなわけでもないらしい。嫌だと断られたことはなかった。現に運ばれてきたショートケーキを見たダークチョコは、どこか嬉しそうに見える。だがそんな彼も、ミルクの前にドンと置かれたパフェには目を白黒とさせた。
「アイス、少し食べます? ストロベリーとチョコレート、どちらにしましょう。あ、バニラもあるみたいですね!」
口をつけてしまう前にとミルクが訊ねると、ハッと我に返った様子のダークチョコはケーキが載った皿をおずおずと差し出してくる。
「あ、ああ。ならストロベリーを貰おう……それ、全部食べきれるのか?」
「え? 問題ありませんよ。これも、すごくおいしそうですね〜!」
三種のアイスクリームに、種類も量も豊富なフルーツ。ミルクが頼んだスペシャルパフェは想像よりひと回り、いやふた回りは大きかったが見た目もカラフルで、眺めているだけで楽しくなってくる。
ピンク色のアイスとトッピングの星型のかわいらしいチョコをケーキ皿の端に添えて返すと、ダークチョコは手に持った皿を見下ろしてから再び視線を持ち上げた。
「お前も少し食べるだろう」
「あ、いえ僕は――」
彼が頼んだケーキもフルーツはたっぷりと載っているものの、ケーキ自体はそれほど大きくない。さすがに遠慮しようと口を開けば、そこにフォークが差し出される。
「どうした、食べないのか?」
ケーキが刺さったフォークをこちらに向けたまま、ダークチョコが小首を傾げる。途端にミルクは、顔が熱くなった気がした。
「いっ、いただきますっ……!」
上擦った声を上げ、ケーキに食らいつく。子ども扱いか、はたまた何も考えていないであろうダークチョコの行動には、驚かされてしまうことが時々ある。ひとくち分のケーキが、やけに甘く感じた。
まだ熱い気がする顔をどうにかしようと、ミルクは冷たいパフェを次々口に放り込む。
「慌てて食べなくとも、取りはしないぞ」
と、からかうように言ってのけたダークチョコも、アイスを口に入れる。それからケーキを食べ始めた彼の満足げな様子を見て、ようやくミルクも落ち着きを取り戻し、パフェを味わうことが出来た。一緒に甘いものを食べているだけなのに、何だかとても幸せな気分だ。
もっと一緒に、おいしいものを食べたい。そんな些細なことが、この旅の目的なのかもしれない。今更ながらに、ミルクはそう思った。
先にケーキを食べ終えていたダークチョコが、ふいに顔を上げる。どうしたのかと訊ねる前に、控えめなボリュームで流れていた曲が変わったことに気が付いた。よく知った歌声に、ミルクは頬を緩める。
「パフェちゃんは、この辺りでも人気なんですね!」
「そのようだな」
トッピングはいらない、と聴き慣れたフレーズが耳に入ってくる。流れているのは、クッキー王国でも大人気だった彼女の代表曲だ。それほど遠くないとはいえ王国を離れてもなお、変わらぬ歌声が聴けることが何だか不思議でもあり、嬉しい。きっと彼女は、いや彼女だけでなく他の仲間達も、相変わらず頑張っているのだろう。
最後までとっておいたイチゴを食べてからダークチョコの方を見てみれば、彼は目を閉じて耳を澄ませているようだった。もしかしたら、あの王国で過ごした日々を思い返しているのかもしれない。ミルクも次の曲に変わってしまうまで、懐かしい歌声に聴き入っていた。
外に出てみると、空には薄い雲が掛かっていた。雲の向こうから滲む太陽を見上げたダークチョコの手を取って、ミルクは笑いかける。
「まだ夜まで時間がありますね! 次はどこに行きましょう?」
「そうだな……広場の方を回ってみるか」
ふっと目を細めたダークチョコに、しっかりと頷き返す。クッキー王国での楽しい日々はすでに過去のものとなった。だけどきっと、この旅の日々も同じように輝くに違いない。
(中略)
あれ? 建てたばかりのテントからほど近い、でこぼことした道を通りすぎていく大きなそのバイクに、ミルクは首を捻る。
見通しこそいいものの、辺りに広がっているのは荒野だ。ろくに整備されていない道を疾走するのは危険だろう。だがそれよりも、ミルクが気になったのは別のことだ。しかしバイクはすでに走り去ってしまい、もはや確かめようがない。テントの方を振り返ってみると、夕飯の準備に取りかかっていたダークチョコも、不思議そうな顔でバイクが消えていった方向を眺めている。その様子からして、彼も確信がないようだった。
しかし、答えの方からやってくることもあるらしい。大きなエンジン音を轟かせながら逆走してきたバイクを見て、ミルクは今度こそ大きく手を振った。前方からその姿を見れば確信を持てた。あのバイクも、その持ち主も知っている。
「キウイくん! 久しぶりですねー!」
「やっぱりあんた達だったか! 一瞬、見間違えたのかと思ったよ」
すぐ近くの岩陰に停車したバイクから降りてきた男が、着けていたゴーグルをぐいっと額まで引き上げる。すると現れたのは、やはり見知った顔。こちらへ向かってくるキウイに、ミルクは驚きと感動が混ざった眼差しを向ける。
「こんな場所までバイクでやってきたんですか?!」
石ころや砂利が多く平坦でない道は、歩くのもしんどいというのに。側までやってきたキウイは、ミルクの視線に照れたようにそばかすが目立つ鼻の頭を掻きながらも、口の端を持ち上げる。
「このくらいどうってことないさ。……それより、オレもここで休んでいってもいいかな?」
「もちろん! ——いいですよね?」
振り返ったミルクが声を掛ければ、顔を上げたダークチョコは大きく頷いてキウイの方を見遣った。ちょうどその方向に沈もうとする夕陽があるので、彼は眩しそうに目を細める。
「特別なもてなしは出来そうにないがな」
「そりゃあお構いなく!」
言いながらキウイは一旦バイクの方へ戻ると、荷物を下ろし始めた。ミルクが手伝おうとする間もなく、彼は慣れた手つきで今夜の寝床の準備を着々と進めていく。
やがて空が本格的に暗くなり始めた頃、ミルク達はひとつの焚き火を囲んでいた。キウイの大切なバイクも、彼のテントに隣接して停め直してある。
「それにしても。こんな何もない場所で、知り合いとばったり出くわすとは思わなかったぜ」
雑炊をひとくち食べたキウイが、改めてミルク達の顔を見回してくる。確かに、とミルクも口の中にあったものを飲み込んでしまうと、彼をまっすぐ見返した。
「ダイナサワーから聞いてはいましたが、本当にどこでもバイクなんですねー!」
「そりゃそうさ! バイクひとつさえあれば、オレはどこにだって行けるんだ」
不敵に笑ったキウイがバイクを振り返る。愛機を見つめる瞳は優しく、そして勇ましい。前に仲間から聞いた話によれば、あの竜の渓谷でさえバイクで走り抜けてしまったというのだから驚きだ。
クッキー王国には定住していないものの世界中を旅して回っているからか、王国でもキウイのことを見知っているものは多い。あまり積極的に他者と関わろうとはしない一匹狼なところもあるが、決して無愛想なわけではなかった。時には暗黒魔女達との戦いにも、力を貸してくれたことだってある。
そんな彼と顔を合わせるのは実に久しぶりのことで、それぞれの旅の話で盛り上がった。基本的には二人の会話を聞いていたダークチョコも、ミルクの話が脱線しかけた時にはさっと口を挟み、しっかりと軌道を修正してくれた。
「相変わらず、すぐにダークチョコの話になるんだな」
呆れた様子のキウイに、ミルクはえへへと照れ笑いを返す。クッキー王国にいた頃も、よく同じ指摘をされたものだ。
「そういえば、まだクッキー王国には顔を出しているのか?」
ちょうどダークチョコの口から、懐かしい王国の名前が飛び出した。そのことが少し意外に感じたのか、キウイは髪の色と同じ黄緑色の目をぱちくりとさせながら、ダークチョコを見る。それから僅かに間を空けて、口を開いた。
「ああ。ついひと月前に、久しぶりに寄ったばかりさ」
ひと月前なら、自分達が旅に出て二ヶ月が経った頃だ。そう考えながら、ミルクはキウイの話に耳を傾ける。
とっくに空になっている深皿をスプーンでつつきながら、キウイは続けた。
「あんたらが旅に出たってことも、その時に聞いたんだ」
「……そうか」
静かに応えたダークチョコは、伏せ目がちに焚き火を見つめる。
きっとキウイは聞いたのだ。ミルク達が旅立った理由も。今日わざわざ彼が引き返してきてくれたのも、だからなのだろう。
僅かに流れた沈黙を破ったのは、キウイだった。焚き火に薪をくべながら彼は微笑む。穏やかな色の目には、燃える火が映り込んでいる。
「この瞳にこの世の中を焼きつけたい――それが今のオレの夢だ。くだらねえ夢だって言うやつもいるけどな。……だからまあ、あんた達が選んだ道はいい道だって、オレは思うよ」
「そうか。……お前もいい夢を持っているな」
視線を持ち上げたダークチョコの顔にも、笑みが浮かんでいた。それを見てこっそりと息をついたミルクは、キウイが見た王国の様子を訊ねる。みんなは元気にしているだろうか。
「あの王国はいつ行っても賑やかで楽しいよ。――ああ、そういえば、紅イモも国を出たって聞いたぜ」
「え、紅イモが?」
「うん。何でも『強いやつを探し出してぶっ飛ばす旅』とやらに出たらしい」
「何だそれは」
「ははっ、紅イモったら相変わらずですね〜!」
容易に想像がついてしまい、ミルクは吹き出す。ダークチョコは呆れたように肩を竦めているものの、その表情は明るい。彼はよく紅イモに絡まれていたから、懐かしいのだろう。
彼ら二人が真剣な顔で対峙したのは、クッキー王国を出る少し前のこと。どちらが勝ったのかは、ミルクも知らない。決着がついたあとに戻ってきた彼らの晴ればれとした顔を見たら、勝敗なんて気にならなかったのだ。
「そうそう、オレが一度出発しようとした時に、花屋でトラブルがあって――」
言いながら、キウイがおかしそうに吹き出す。ハーブが新しく仕入れた植物が暴れ始めたという話を始め、彼は自分が見聞きした王国での出来事を、たくさん話してくれた。ミルク達が去ったあとも、みんな変わりなくやっているようだ。彼らの笑顔を浮かべて、ミルクも笑う。たとえ同じ時間を過ごせなくとも、頼もしい仲間であることに変わりはない。
話が一段落つくと、キウイが大きく体を伸ばした。そしてそのままの格好で空を仰いだ彼は、破顔した。
「何もない場所って言ったのは、訂正しなきゃなあ」
その声に顔を上げたダークチョコの表情を見て、ミルクの目頭が熱くなる。慌てて彼らにならって空を見上げれば、今度は感嘆の溜息が漏れ出た。
雲がほとんどない、明るい夜空だった。月こそ出ていないが、澄み渡った空には数えきれないほどの星達が瞬いている。あまりにも美しい光景に、ミルクは言葉を失ってしまう。こんなにも星がひしめき合っているのを見るのは、初めてだ。
もしあの時、ダークチョコが選んだのが別の道だったなら、この星空を共に見上げることはなかっただろう。星ひとつさえ見つけだすことが叶わぬ暗い夜を、今も過ごし続けていたかもしれない。
数多の星を目に映しているダークチョコの瞳は、今、世界で最も輝いているに違いないとミルクは思った。綺麗な夜空を見る。他人からすれば些細であろうその幸せが、もっともっと続きますように――。
そんな願いを胸に、ミルクは輝く夜空に流れる星を探した。
翌朝、先にキウイが発つことになった。ミルク達は徒歩なので一緒に行けないのは仕方がない。それに、彼もまた大切な旅をしている最中なのだ。引き止めるわけにはいかない。
「それじゃあお元気で!」
「ああ、また!」
そう言ってバイクに一度跨ったキウイが、何かを思い出したようにこちらに戻ってくる。ダークチョコの正面で立ち止まった彼は、ゴーグルの下の目を綻ばせながら、すっと右手を前に差し出した。
「良い旅を」
「お前もな」
しっかりと手を握り返したダークチョコも、微笑む。
砂埃を撒き散らかしながら走り出したバイクは、あっという間に見えなくなってしまった。それでも少しだけその方向を見続けていたミルクは、やがてダークチョコと顔を見合わせて、頷き合う。出発の時だ。
「オレ達もそろそろ行くか」
「ええ!」
二人の旅もまだ途中だ。バイクほど速度は出なくとも、これからも前へ前へと進み続けていく。
(中略)
思えば、イチゴジャムマジックソードを手に取る前から、とうに世界は色あせていたのかもしれない。真っ青な空を見上げながら、ダークチョコがふと考えたのはそんなことだ。
ダークカカオ王国にいた頃は、ただ強くなることだけを考えて生きてきた。幼い頃から、ずっと。
それでも最初のうちはまだ希望があった。早く強くなって父と肩を並べて戦えるようになれば、いつかあの人も自分に微笑みかけてくれるに違いない。幼いダークチョコはそんな夢物語を見ていたのだ。
だが所詮、夢は夢でしかないのだと、すぐに打ち砕かれることとなる。
ある日いつものように剣術の稽古の為、城の外にある訓練場へと向かっていた時のことだ。突然猛吹雪に見舞われ、ダークチョコの視界は白く染まり、前を歩いていた筈の父の背中さえ見失ってしまった。ひたすら白いのに、まるで闇の中に一人放り出されたかのような感覚に、恐怖で足がすくんでしまう。それでも、誇り高きダークカカオ王国の戦士の一員となるのだから、と自分を奮い立たせ、必死に歯を食いしばって視界が明けるのを待った。
ようやく猛吹雪が治まっても父の大きな背中は見当たらず、ダークチョコは再び襲ってくる絶望の中、どうにか足を動かして訓練場へとたどり着く。そこには、いつものように父がいた。思わず駆け寄ろうとしたダークチョコに、父は表情すら変えずに言い放った。
「遅い」
雪よりも氷よりも冷たいその一言に、思い知らされたのだ。この程度でうろたえるような息子など、必要ない。父が欲しているのは猛吹雪などものともしないような、屈強な戦士だけ。無力な子どもに価値はないのだと。
このままでは父に見限られてしまう。そんな恐怖に、ダークチョコはただ力を渇望した。早く、強くならないといけない――。その日を境に、まだ時々遊んでいたおもちゃをすべて手放して、がむしゃらに剣の腕だけを磨き続けるようになった。
少しずつ強くなっても、父が向けてくるのは相変わらず氷のように冷たい目。その現実に挫けそうになった時、ダークチョコは日差しを浴びた。雪雲の向こうに隠れっぱなしなことも少なくなかったが、それでもそのうちに顔を出しては必ずあたたかな温もりを与えてくれる太陽が、大きな救いとなっていたのだ。
やがて幼い子どもでなくなったダークチョコは、父が常に正しい道を示しているのではないと、危惧の念を抱くようになった。王である父が間違い続けてしまえば、この国はいつか滅びてしまう。
「この王国には改革が必要です! いつまでも黙って見ていられません!」
歪んだ道を正そうと、声を上げた。だがしかし、父は耳を傾けてもくれなかった。拒絶するようにさっさと立ち去っていく父の背中を、呆然と見送ることしか出来ずに、ダークチョコは絶望する。
何故――ああそうか、自分が父より弱いせいだ。だから話さえまともに聞いてもらえないのだ。あたたかな日差しの下で自分一人で出したその結論を、ダークチョコは信じて疑わなかった。
この国で一番強いのは父だ。だから彼が、王だけが常に正しい。自分にもっと力があれば。王より強くなりさえすれば、皆に認められる。そうすれば正しい道を示して、国を救うことが出来る。――そうだ。強くなれと父も常に言っているではないか。ダークチョコが、さらなる力を求めるようになった瞬間だった。
すぐに城を出て、そのうち国すら飛び出して、力だけを追い求めた。外の世界は思っていたよりもずっと、広かった。厳しい環境に置かれているダークカカオ王国とは、あらゆる意味で違う。リコリス海とは似ても似つかぬ青い海を、しかしダークチョコはろくに見ようともせずに、ただ強くなることだけを考えて突き進んだ。
そうして手に入れたのは、禁じられた闇の力。けれどその代償はとてつもなく大きかった。
空が一向に晴れないことに気が付いたのは、王を斬り伏せ、国を追われてしばらく経った頃。片方だけ残された目に映る空は、常に暗い。その事実に、ダークチョコは愕然となる。時に励ますように照らしてくれていた太陽さえ、奪われてしまったのか。
それでも、この闇の力さえあれば、いつかは――。自分が何を求めているのかすらも、分からなくなっていった。
もはや、漆黒の闇の中で生きるより他ない。そう諦めるようになってからも、心のどこかでは光を求め続けていた。日差しを浴びたい。たとえ許されないと分かっていても、どうしても望んでしまう。
そんなダークチョコの闇が晴れたのは、イチゴジャムマジックソードを手放した時。傷つき、ソウルジャムを奪われそうになった父を前にして、初めて剣の意思に逆らった。闇の力すら手放したダークチョコの手に残ったものは、何もない。それなのに胸がすく思いだった。実際には剣を捨てても暗雲は付いてまわったが、体中を包み込んでいた闇を感じなくなったのだ。
そして同時に手に入れたのは、あたたかな居場所。敵対していたというのに、クッキー王国のもの達はダークチョコのことを、優しく迎え入れてくれた。そこでの生活はこのうえなく幸せだったと、ダークチョコは思っている。
世界に色がついたように思えたのも、この頃からだ。
「今日もいい天気ですね!」
さわやかな朝に相応しい快活な声が辺りに響く。空から目を離してそちらに視線を移せば、にこにこ顔のミルクがすぐ側で立ち止まった。ダークチョコがこうして空を眺めていると、彼は飽きもせずにきらきらとしたその瞳で、同じように空を仰ぎ見るのだ。
「空が晴れていると、何だか心まで晴れやかになってきますね」
「そうだな」
交わされる会話もたいてい似たような内容だったが、不快ではない。頷く代わりに、ダークチョコも再び顔を上向ける。そうすれば、眩しい光と澄みきった青だけが視界を占めた。
空模様で気分が変わることは、よく知っている。暗雲が広がる空を見て、一体何度溜息をついたことだろう。それでも今は、朝起きて最初に目にするのがたとえ雨空や曇り空だったとしても、気分が滅入ることは少なかった。
再び青い空を見られるようになってから、もうすぐ一年になるだろうか。バニラ王国で久しぶりに、本当に久しぶりに見た空は、今でも脳裏に焼きついている。あの時も今と同じように、隣にはミルクがいた。
彼が取り戻させてくれたのだ。この青空を、太陽を。
(by sakae)
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