いい子で待ってて

「まったく君は、いつもやってくるのが急だな」
 応接間から使用人達が出ていくなり、デーヴィドの笑みは苦笑いに変わった。そこでようやく、向かいのソファに腰を下ろした彼が普段以上に洗練された装いをしているのに、グスタフは気付く。
「ああ、出掛けるのか」
「ちょっとした会談があってね、夜には戻る。来る前に手紙でもくれたら、なるべく予定を空けておくんだが」
 ティーカップを持ち上げたデーヴィドは紅茶を口にするより先に、溜息をひとつこぼした。グスタフは軽くを垂れる。
「すまない。だがこちらも、見通しを立てるのが難しくてな。今回もジニーが急にワイドに帰ると言い出して、探索の予定が延びたんだ」
「急に? ……彼女は確か、タイクーンのお孫さんだったな」
 デーヴィドが眉をひそめる。仲間のことはひと通り話している為、ジニーの祖父であるタイクーン・ウィルの身に何かあったのかと心配したようだ。しかしグスタフは首を横に振った。
「母親の誕生日を祝いたくなったそうだ」
「それはそれは。母君もさぞ喜ばれることだろう」
 グスタフの返答に、デーヴィドの顔が綻ぶ。確かに微笑ましいことではあったが、新たな冒険を翌日に控え、準備もほぼ整ったタイミングで「もうすぐママの誕生日じゃない!」と何の前触れもなく騒ぎ始めたジニーに、グスタフ達仲間は呆気に取られたものだ。
 お祝いしにいってもいいかな。なんて彼女にしては珍しくおずおずと切り出され、反対する者などいなかった。それでも急な予定変更にジニーに甘いロベルトはともかく、プルミエールの方は機嫌を損ねたのではないかとグスタフは密かに懸念を抱いたが、呆れたように溜息をついた彼女は「仕方がないわね。お母様を労わってあげなさい」と、存外優しい言葉をジニーに掛けてやっていた。
「それで感化されて、君も私に会いたくなってしまったというわけかな?」
 先ほどの苦笑が嘘のように機嫌の良さそうな従兄を眺めながら、グスタフもカップを手に取る。
「というより、ジニーをワイドに送り届けてきたついでに寄ったんだ。明日また迎えに行って、共にノースゲートへ戻る」
 そこまで言って、音を立てずに紅茶をった。
 パーティ最年少のジニーはディガーとしては非常に優秀である一方で、まだまだ世間知らずなところが目立つ。エッグを追う旅の中で更なる成長を遂げたとはいえ、船の乗り間違いから北大陸にやってきたのを知っている仲間達の間で、彼女一人で船には乗せられないという結論に至ったのだ。
「グスタフ、お前南大陸の出身だろ? ジニーちゃんについていってやれよ」
 ロベルトの言葉にグスタフは我が耳を疑った。ジニーのことを一番心配していたのは、他ならぬロベルトだ。当然、彼が一緒に行ってやるものだとばかり思っていたのに。そんな考えを視線だけで把握したであろう相棒はグスタフから目を逸らし、「一緒に行きたいのは山々なんだがツールも貯まってきてるし、この機会に整理しちまおうかと思って。ごめんな〜」と、ジニーに謝っていた。冒険で手に入れたツールの管理を彼に任せている以上、これには反論出来ない。騒がしいジニーとの船旅を想像するだけで気が重くなり、グスタフは助けを求めるようにプルミエールに視線を向けたが、「あなたが一緒なら安心だわ」と微笑み返され、付き添い役が決定してしまったのだ。
 そうしてジニーの家まで同行したグスタフだったが、彼女の母や久しぶりに顔を合わせたウィルへの挨拶もそこそこに、すぐにその場を離れた。よろしければご一緒にと誘いを受けたものの、せっかくの家族水入らずの時間を邪魔出来る筈がない。自宅に一泊するジニーを待つ間のことを考えた結果、ワイドからそれほど遠くないのもあって、ひとまずヤーデにやってきたというわけだ。
 経緯を聞いたデーヴィドは、ふうと息をつく。
「ついで、か。そういう時は嘘でも「顔を見たくなった」と言うのが、礼儀というものじゃないのか」
「……君の顔を見たくてやってきた」
 棒読みで言ってみせた従弟に、デーヴィドは肩を竦める。
「お前は本当に……まあいいか。私が出掛けている間は、のんびり羽を伸ばしておくといい」
「いや。君の顔は見れたことだし、ワイドに戻るよ。また今度、時間がある時に話そう」
 紅茶を飲んでいたデーヴィドが、ぴたりと固まる。ややして、カップをソーサーに戻した彼がまっすぐこちらを向いた。
「先ほども言ったが、夜には戻るぞ?」
「それは聞いていたが、君も多忙の身だろう。公務を終えたらゆっくり休んでくれ」
 突然やってきた自分の都合で、忙しい従兄を振り回すわけにはいかない。今更ではあるが彼のことを気遣ったつもりなのに、デーヴィドは真顔で何やら考え込んでいる。カップを置いたグスタフは首を傾げた。
「どうかしたのか、デーヴィド?」
 返事もせずいきなり席を立った従兄に、グスタフは目を瞬く。もう出発の時間なのだろうか?
 だがデーヴィドはというと無言のままテーブルを回り込み、こちらに向かってくる。その表情はやわらかいのに目が笑っていないように見えるのは、到底気のせいだとは思えない。
「仲間のお嬢さんのことは待てるのに、私のことは待っていてくれないのか?」
「デーヴィ、」
「ギュスターヴ」
 側までやってきた従兄が腰を屈めたかと思ったら端正な顔がすぐそこまで迫り、グスタフは息を呑む。
「私の帰りを、いい子で待ってておくれ」
 軽いリップ音と共に額に触れてきた温もりは、すぐさま離れていった。呆然と見上げれば、目が合ったデーヴィドはにこやかに笑う。向かいの席に戻った彼は何事もなかったかのように優雅に紅茶を飲み、カップを空にすると再び立ち上がった。
「それじゃあ、また夜に」
 颯爽と扉の前まで移動したデーヴィドは恭しくお辞儀をして、そのまま部屋を出ていってしまった。残されたグスタフは閉まった扉をたっぷりと見つめてから、片手で顔を覆った。今頃になって、顔が熱くなってくる。
「振り回されているのは一体、どっちだ」
 すっかり冷めた紅茶に落ちた声は、情けないほど小さかった。


END
(26-05-17初出)
グスタフは遠慮がちな性格もあって、鈍そうなイメージがあります。

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