手、足、胴体、そして頭――無造作に散らばっているのは、いくつもの人間のパーツ。
惨劇の舞台の真ん中に立つ黒衣の男。死を意味する文字の彫られたその手に握られているのは、自分の背丈ほどもある大太刀だ。まるで死神のような男の周りは、意外にも明るく騒がしい。
「ほらあれ、おれの手だ! ちゃんと動くよ!」
「ほんとだー! ……って、うわあ!! おまえ生首なのに喋ってるぞ!?」
「きみもだよ!」
興奮した、けれども楽しそうな声に、この異様な光景を作り出した張本人であるローは、帽子を被り直しながら息をついた。斬った直後は悲鳴を上げ、泣いていたというのに。適応力の高い子供達を、呆れたように見回す。散らばる人間のパーツは、大小様々な大きさの生きた子供達のものだった。
それでも泣き喚かれ続けるより、ずっといい。今も部屋の前で騒いでいる小さな同業者は無視して、ローは再び悪魔の実の能力を発動させた。
「……ねえお兄ちゃん。あのおいしいキャンディは、毒だったの?」
黙ったまま能力を使うローに、頭だけの子供が質問を投げかけた。その答えを待つように、他の子供達も一斉に口を噤む。
「……あいつも言っていただろうが、食べ続ければ続けるほど、体を壊していく薬だ」
ローが「開けろー!」とうるさい扉を一瞥するのを見た子供達は、必死に自分達を助けてくれたその小さな医者の姿を、目の前に思い浮かべたのだろう。一度は顔を綻ばせたが未だ意識を取り戻さない少女へ目を向けた時には、子供達はしゅんとしていた。
「モチャ、おれたちのせいでキャンディをたくさん食べちゃったんだ。目を覚ますよね? ……治るよね?」
「おれたち、大人になったら海に出るんだ。冒険するんだ!」
「そうそう! みんなでオウゴンの島を見つけて――」
「わたし、人魚姫にも会ってみたいな!」
「ぼくはたくさんの巨人に会いたい!!」
口々に夢を語る子供達に対して、ローは黙々と治療を続けるだけだ。いくつもの縋るような視線に、気付いていない筈がないのに。
「モチャとも約束したんだ。みんないっしょに船に乗るんだって」
「………」
ローは眠り続ける大きな少女の顔に視線を向ける。一気に大量のドラッグを飲み込んだらしい彼女は、他のどの子供より重症だった。とっくに死んでいたとしても、おかしくない状況だ。だが。
「――的確な処置がされていた。それに、取り込んだばかりのものなら、ある程度はおれの能力で取り出すことが出来る」
小さな獣の医者はろくに動けない体で、それでも懸命に処置を施した。そのおかげで、少女は一命を取り留めたのだ。
子供達からすれば、ローの説明は難しかったようだ。最初は顔を見合わせ、首を傾げていた。だけど少女が助かりそうなことが分かると、子供達は次々と表情を明るくしていった。そんな彼らに釘を刺すように「ただし」と前置きをして、ローは告げる。
「本当の意味での治療は、まだ始まってもいねェ」
「え?」
疑問符を浮かべる子供達の顔には目もくれず、ローは治療すべき体の部分と向き合ったまま、手と口を動かした。
「おまえら、海賊になるんだろう」
唐突な言葉に困惑した子供達だったが、しばらくして先ほどの夢の話をしているのだと気付くと笑った。
「そっか。船に乗って宝探しをするなら海賊だね! たぬき君や、オレンジの髪のお姉ちゃんたちとおんなじだ~!」
「うん! おれたち海賊になるよ!!」
元気よく意気込みを語る大きな子供達に、ようやく振り向いたローは真剣な眼差しを向けた。
「なら、これからつらいことがあっても耐えてみせろ。そうじゃなきゃ、海賊なんてなれやしねェよ」
おそらく言葉の本当の意味を理解した子供は、ほとんどいなかったに違いない。それでも疑問を口にする者は、誰一人としていなかった。
「ロ~~~!! 出て来い!!」
部屋の外から一際大きな声がした時には、まるで魔法のように子供達の体は元通りくっついていた。みんなして手や足を動かし、心身共にスッキリしていることに喜びの声を上げる。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
子供達にとってフカフカ帽子のその男は、最初こそ恐ろしい存在でしかなかった。しかし不気味な能力が治療の為に使われていたのを知ると、笑顔で感謝した。男はそれに応えることなく、すたすたと扉に向かう。扉が開かれた途端、たぬきのぬいぐるみみたいな動物が、男と入れ替わるようにして部屋に飛び込んできた。
* * *
ローからすれば、それこそ異様な光景であった。船へと向かうつもりが、ぴたりと立ち止まってしまっていた。
視線の先にいるのは、海賊との別れを惜しむ人々。子供達だけならまだしも、中には海兵まで混ざっているのだから驚かない方がおかしいだろう。涙を流している者も少なくない。
……白猟屋も大変だな。案の定、頭を抱えている様子の海兵を遠目に確認したローは、思わず同情していた。
「助けてくれてありがとう!!」
子供達が喜びに泣き、叫んだ。世界から隠されたこの島で、何も知らないまま死を待つだけだった彼らからしてみれば、確かに麦わらの一味は命の恩人に違いない。
だが今ここにいる海兵達がこの島で起こったことを隠蔽する為、あとから子供達を始末するという可能性だってあるのだ。ローが思い出したのは、自身が生まれ育った国。
――慈悲深い救いの手は必ずさしのべられます。ローにそう教え、人を信じていたシスターも、結局は人の手で無惨に殺された。
(だが、まあ……)
まるで海賊のような出で立ちの海兵達。中でも特に厳つい顔をした男と、その副官の女の顔を思い浮かべるだけで、ローは不思議とそんな悲劇は起こらないと確信してしまう。
大人になれる筈のなかった子供達は、救われたのだ。お人好しな海賊達と、良心的な海兵達の手によって。
かつての自分と似た境遇の子供達を、たとえ一人でも助けただろうかとローは考える。答えはノーだ。即答出来る。何故なら故郷が滅びようとしていたあの時、手をさしのべてくれる者は一人もいなかった。
当時は恨んだその状況も、しかし当然のことだったとローが気付くまでに、それほど時間は掛からなかった。誰だって、自分の都合を優先して生きている。大きな計画を前にしたローも、その一人だった。リスクを冒してまで見ず知らずの人間を助けるなんて、馬鹿がすることだ。
だから白い町が見捨てられたのも、仕方がないことだった。気持ちのうえで納得しているかどうかは、また別の話ではあるが。
だけど麦わらの一味は、余計なことに首を突っ込むと分かっていて、それでも子供を助けると言った。馬鹿な連中だと、ローは心から思った。
けれど、もし。そんな馬鹿な連中が、あの時あの場所にいたら、フレバンスは救われただろうか。子供達から薬を取り除いたこの力が、あの頃のローにあれば、今でもフレバンスの人々は生きていたのだろうか。
いつの間にか浮かんでいた空想を、ローは首を振って自ら打ち壊す。いくら願ったところで、そんな奇跡は起こらない。すべてが救われることなど、絶対にないのだ。――それでも。
笑いと涙が沸き起こる別れの場で、ローはそっと口元を緩める。
少なくともあの子供達には、確かに救いの手はさしのべられた。
(――コラさん)
かつて自分を救ってくれた男の姿が脳裏を過ぎり、鬼哭を持つ手に力が込もる。すでに計画は動き始めている。壊した歯車は二度と戻らない。
次に浮かんだのは、恩人とは別の意味で大きな存在の男。再び歩き出したローの顔に、もう笑みはなかった。
END
(14-10-07初出)

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