ついさっきまで潜水艦の中にいたにもかかわらず、突如として知らない部屋に一人放り出されたことに、ローはそれほど驚かなかった。ここは新世界だ。何があっても不思議ではない。ベポ達も船長の不在には慣れているから、向こうも問題ないだろう。
だが早く合流をした方が良さそうではあった。常に持ち歩いている筈の鬼哭が見当たらない。そのうえ、オペオペの実の能力が発動しないのだ。
そう広くない部屋の中をローは改めて見渡す。あちこちに小さな物が散らばっているのと、壁に文字が書かれていること以外は、殺風景な場所だった。出入りする為のドアすら見当たらない。
溜息を吐き出しながら、ローは壁の文字を睨みつける。
『百個の積み木を全て積み上げろ。そうすれば道は開かれる』
馬鹿馬鹿しいとすら思った。しかし壁や床を叩いてみても想像以上に頑丈で、ちょっとやそっとでは壊れそうにない。
無駄に暴れるのは得策ではないだろうと、試しに積み木を積んでみることにした。仮にこれが何者かが仕掛けた罠だったとしても、いずれやってくるであろう敵をぶっ飛ばしてしまえばいいだけの話だ。
能力がなくとも手先は器用だ。だからさっさと終わらせてしまおう。ローは黙々と積み木を積み上げていく。
二十個ほど積み上げた、その時だった。
突然、宙から何か黒くて大きなものが降ってきたのだ。ロー自身はさっと身をかわすが、積み木が散らばったことに少しイラッとした。大きな音を立てて、それは床に転がり落ちる。どうやら人のようだ。
敵襲だろうか。だったらこの苛立ちもぶつけてやる。そう思って、むくりと上体を起こした相手をしっかりと見遣ったローは固まった。
「あいたたた……一体何が起こってんだァ? またおれは何かドジっちまったのか?」
大きな黒い羽のコート。ハート柄の派手なシャツ。笑ったように見える不思議な化粧――。
新世界では常識というものが通用しない。ついさっきそのことを痛感したばかりだというのに、その男を目にした瞬間、ローの頭の中は一瞬にして真っ白になってしまったのだ。
「コラ、さん……?」
ローの口からこぼれ落ちた小さな掠れた声に、男は大きく見開いた目でこちらを見上げた。
コラソンがいなくなってしまって、もう十年以上が経つ。それなのに目の前の彼はまるであの時のままの姿で、ローの前に姿を現した。
「お前――」
言いかけてハッとした顔になったコラソンは、慌てたように自分の口をその大きな手で塞ぐ。自分の口から声が出てしまったことに驚いたのかもしれない。
彼はドンキホーテファミリーにいる間、ナギナギの実の能力を使ってずっと喋れないふりをしていたから、もしかしたら二人で旅をしていた間も自分と一緒にいない時は能力を使って声を出さないようにしていたのだろうか。そんなことを考えているうちに、ローは微笑みを浮かべていた。あの旅の日々を思い出したのだ。
涙を流し、つらい思いもたくさんした筈だったのに、不思議と胸はあたたかくなるばかりだった。それもこれも、全部目の前の男のおかげだ。
そんなローを見て、コラソンがさらに動揺した様子を見せる。
能力者が見せた幻覚か、またはそっくり変身しているのか。いつもならそんなふうに疑った筈なのに、ローは目の前の彼があのコラソンだと信じて疑わなかった。その証拠だと言わんばかりに、立ち上がろうとしたコラソンは足を滑らせ、再びひっくり返ってしまった。
昔は見事なドジっぷりに呆れてばかりいたが、今ではそれを通り越し感心すらしてしまう。ローはぽつりと呟く。
「相変わらず、ドジなんだな」
打ちつけた頭をさすっているコラソンに手を差し出す。すると彼はローの手と顔とをまじまじと見比べるように交互に目を向けてから、おもむろに手を掴んで立ち上がった。間近で見た彼は、大分差が縮まったとはいえ、大きい。
そのことに少しだけローは悔しさを覚える。だが同時に安堵してしまったのも事実だ。いつか彼を追い越したい気持ちはもちろんあったが、彼の前でだけはあの時のまま、子供のままでいたかったのかもしれない。
掴まれたままの手があたたかい。彼からはいつも温もりを貰ってばかりいたな、とローはぎゅっと強く握りしめてから手を離した。
「なァお前……ひょっとして、ローなのか?」
「……さァな。だったらどうするんだ?」
「だったら――」
コラソンが片手を大きく振りかざした。普段ならそれを警戒するのに、ローはじっとその手を見上げていた。
「何だよ急にデカくなりやがって!! ビックリしたじゃねェか!」
わしゃわしゃと頭を撫でてくる手のせいで帽子が落ちてしまっても、不快ではなかった。しかし実際にはとっくに子供とは呼べなくなってしまった年齢のローは気恥ずかしく、「やめろよ」と小声で抗議する。
ローの髪を散々ボサボサにしてからようやく頭から手を離したコラソンは、にかっと笑いながらこちらを見下ろした。
「けど急に変なところにほっぽり出されてよォ……お前がはぐれちまわないで本当に良かったぜ!」
「……。直前までおれといたのか、コラさん」
「ん? ずっと一緒にいたろ! やっと病院を見つけたところだったのになァ」
「…………」
コラソンの言葉に、ローは考え込む。さっきの反応からしても、彼は直前までまだ子供だった頃の自分と行動を共にしていたのだ。
理由は不明だが時空がねじ曲げられ、過去と現在が繋がってしまったのかもしれない。
だから目の前の優しい男を必要としている、子供だった頃の自分もどこかに存在している筈なのだ。そして今は、きっと一人きりで。
「どうした、ロー? 腹でも痛いのか? あれ、そういやお前、肌が」
「コラさん!」
俯き加減だったローが勢いよく顔を上げると、コラソンは驚いてよろけ、またひっくり返りそうになった。その腕をしっかりと掴んで引っ張り、ローはまっすぐコラソンを見上げて言った。
「さっさと積み木を完成させちまって、帰るぞ!」
「おう! ……って、積み木って何の話だ?」
さっぱりわけを分かっていない様子のコラソンに壁を見るよう促して、ローは拾い上げた帽子を深く被ると散らばってしまった積み木を掻き集める。本当にこれでここから出られるのなら、きっとそれぞれの居場所に戻れる筈だ。ローはハートの海賊団の元に。――そして、コラソンは過去の自分の元へ。
コラソンと再会したのがもっと前だったなら、このまま彼とここに残り続けたいと願ってしまったかもしれない。
だが今は、もう違う。麦わら帽子の青年が、あのドフラミンゴを倒した。そして元海軍本部元帥がローに言ったのだ。自由に生きればいいと。きっとそれが、コラソンの望みであると。
だからあの日コラソンに救われたこの体で、この命で、これからも仲間と共に航海を続けていく。それが今のローの望みだ。
パン、と手を叩く音にハッとしてローは顔を上げる。
「そうか、積み木を積めばいいんだな! よし、おれに任せろ!」
「?! おいコラさん、一気にそんなに持ってきたところで……あんたは端っこに座っててくれ」
壁の文字を見たコラソンが意気込み、掻き集めた積み木を持ってローの元へやってくる。少しずつ積み始めていたローからすれば、嫌な予感しかしない。
「こう見えてもガキの頃には結構積み木で遊んだもんだ……っとぉ!」
「……あァ、やっぱりな」
「すまねェ!!」
案の定、積み木に足を取られたコラソンは派手に転んだ。もちろん、ローが積み上げた積み木も台無しだ。じとりとした目を向けると、コラソンは大きな体を縮こませる。
初端からこんな調子では、一体いつ積み終えるのか分かったものではない。
「仕方ねェな、コラさんは」
まったく、と思いながらもローの口元には笑みが浮かんでいる。もうしばらくの間、彼と一緒の時間を過ごせそうだ。
END
(22-09-30初出)
「ほのぼのした出られない部屋」からお借りしました。
100個のつみきを全て積み上げないと出られない部屋に入ってしまったコラさんとロー。

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